記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

スキーマとは ①

 これまで4回,授業による知識の形成過程について書きましたが,そもそもスキーマとは何かという疑問を持たれている方もおられると思いますので,今回から数回は,スキーマについて説明します.

 なお,スキーマについては現在は,様々な分野で広く用いられている言語ですが,前々回に紹介した次の書籍の説明を引用して解説します.

 

Gillian Cohen , Michael W. Eysenck , Martin E. LeVoi, “MEMORY : A Cognitive Approach” , Open Guides to Psychology , Open University Press, 1986.

 

 まず,スキーマという言語はこの本では,「過去経験に関連する貯蔵された知識(記憶表象)のまとまり」と説明されています.この中で記憶表象という言語ですが,記憶されたものを想起するときに浮かんでくるイメージや意味と考えられます.ただ,これだけではよく分からない部分がありますので,ルメールハートとノーマン(Rumalhart and Norman,1983)が挙げているスキーマ5つの特徴について紹介します.正確を期すために,引用します.

 

 スキーマの特徴①

 スキーマは,「A」という文字の形についての単純な知識から,ピクニックや政治的思想のようなより複雑な知識,そして自転車に乗るとかボールを投げるとかいった運動行為についての知識に至るまで,あらゆる種類の知識を表象する.

スキーマの特徴 ① (Picture drawn by the author)

 最初の特徴は,スキーマの概要とでも言うべきものです.書籍には言語による説明しかないので,私が図にしました.

 例えば,私たちは犬を見て犬と判別できますから,その判別のための知識,つまり,犬や猫のイメージや特徴に関する知識が脳に貯蔵されています.これらは全て過去のエピソード記憶がもとになっています.ですから,犬や猫を見たことが無い人には,これらのスキーマがありません.私たちが赤ちゃんに犬の絵を見せて,犬を表す「ワンワン」と発話するのは,「ワンワン」という言語と犬の特徴を結び付けさせていることになります.その時,学習者である赤ちゃんは,犬の絵を何度も見るたびに,その特徴を記憶します.例えば,口の飛び出し具合や耳のたれ具合,舌を出した姿などを記憶することで,「ワンワン」のスキーマが形成されていくのです.そのスキーマを持っている限りは,犬を見て「ワンワン」と呼ぶことができます.言語の意味の獲得は,このような経験を通して行われます.従って,間違った意味を獲得させられる場合もあります.授業中にある児童が,「透明は色がないことです」と発言したことがありました.これは,言語を獲得した時に,そばにいたであろう大人(?)が,「色がないので,透明」などと説明した可能性があります.

 さらに,運動行為に対するスキーマがあります.自転車に乗ったりボールを蹴ったりできる人は,それらの運動行為のスキーマを持っています.それらは成功した体験から,体をどのように使うとよいかなどの記憶が貯蔵されています.これらの記憶が貯蔵されていると,意識せずに体が勝手に動き,過去に成功した運動行為を再現することができます.ですから,自転車を運転できる人は,自然に遠くに目線を向けて,ペダルを漕ぎ,適切にブレーキをかけることができます.また,ボールを蹴ることができる人は,意識せずに適切な位置に軸足を置き,状況に合う蹴り方ができるのです.もちろんそのようなスキーマを形成するためには,練習を繰り返して成功することが必要です.

 その他,電車やバスに乗るためのスキーマやコンビニやスーパーマーケットで買い物をするためのスキーマなど,私たちが生活するためには,様々なスキーマを利用していることがお分かりになると思います.

 次回は,スキーマの特徴②です.今回もお読み頂きありがとうございました.

 

授業における知識の形成過程 その➃

 2024年になり1週間が過ぎました.明けましておめでとうございます.いつもお読みいただきありがとうございます.年が明けて色々なことがあり,ショックも大きいのですが,今年も私にできることを頑張っていこうと思います.

 今回は前回の続きとなります.学習の初期に先生によって提示されためあてについて,児童・生徒がその意味記憶を形成した直後の脳内で,何が起こっているかについて探ってみたいと思います.

めあて提示直後の脳内の様子

 今回の内容は,授業で児童を観察していると,全ての児童たちが行っている訳ではないのですが,確かにすぐに反応する児童もいるのです.その点をご理解いただきお読み下さい.

 小学校の先生方は,様々な教科を指導されますので,幾つかの教科について説明させて頂きます.今回は,国語科でよく用いられる次のような学習のめあてについて考えてみたいと思います.

 めあて「〇〇する〇の気持ちを読み取ろう」

 これは,物語文などで,登場人物が,あることをするときの心情を探るときなどに用いられるめあての例です.

 例えば,「ごんぎつね」において,「月夜の晩に,兵十の影ぼうしをふみふみついていくごんの気持ちを読み取ろう」などをめあてとする場合があります.

 それでは,児童・生徒が学習のめあての意味に納得すると,脳内では学習が始まるまでに何が起こるのでしょうか.

 この時間は,極めて短時間で,しかも先生の発話を聞きながらという状況が多いと思います.先生がめあての提示後,次の段階に学習を展開するために発話するまでは,ほんの僅かな時間です.この間に,自己のスキーマを検索する児童・生徒がいますスキーマは,以前の説明では心象や概念と書きましたが,もっと詳しく言えば,手続き的記憶と宣言的記憶を包括したあらゆる知識を表象したものと考えられています.つまり知識の集合体という捉え方でよいと思います.また,スキーマを検索するとは,何かの答えを導くために意識的に記憶想起を行うことを意味します.その対象がスキーマです.

 スキーマの概念については,連載を中断して,次回に詳しく絵図を用いて説明します.それまでは,Web等で他の方が書かれた内容等を読まれておいて下さい.

 児童・生徒は,めあての意味に納得した瞬間から,自身のスキーマを検索し,記憶想起した結果の中で適切と考えたエピソードや知識などを,これからの学習行動に利用しようと考えるのです.

 スキーマにある概念化された知識(性質的には意味記憶)は,意識することなしに記憶想起され,すぐにでも学習の見通しを得ることができます.ところが,めあての意味と関連したエピソードは,意図的に記憶想起をしないと表象されません

 今回の例では,ある児童が「登場人物の気持ちを読み取る」というめあてに納得し,「赤ペンや青ペンを使いワークシートに線を引き,その色をもとに(=根拠として)気持ちを読み取ろう」などとすぐに学習行動の糸口を考えるのは,スキーマを検索することによって,同様の方法で過去に学習が上手くいったという成功体験のエピソードを記憶想起した結果であると考えられます.

 この場合,過去にペンを使って登場人物の心情を読み取ったエピソードがそのまま記憶想起されるのではなく登場人物の気持ちを探るためには,赤ペン,青ペンを使う』という意味記憶無意図的に想起されます.従ってこのような児童は,赤ペンや青ペンを使って調べるという学習行動の見通しを,自然と想起することができるのです.

 このような記憶想起は,手がかり再生とも考えられ,このことから言えるのは,当然ながら学習では成功体験が重要であるということです.成功体験を積むことで,その行為の価値がスキーマの中に概念化され,必要なときに記憶想起されるようになるのです.

 これは,よく先生方が言われる「学び方を身に付ける」ということと同じです.ですから教師は,指導の過程において,または評価の段階で称賛の言葉を投げかけたり,表現物に花丸などを付けて返却することが重要であることがお分かりいただけると思います.

 まとめると,学習では,色々なことをできるだけ経験させることが重要であるという事です.そうすることにより,あることをするにはどうすればよいかという事に関しての解を,スキーマの内容として意味記憶の形で保管することができるからです.

 

言語の説明

めあて:授業で児童・生徒が為すべき内容を,児童・生徒を主体として分かり易く提示したもの.児童・生徒の立場になって書かれることが多い.

スキーマ:心象や概念を包括する心的な枠組みのこと.知識の集合体.

手続き的記憶:どのようにするのかに関する知識の記憶.例えば,パソコンの起動の仕方に関する知識の記憶.

意味記憶:一般的な知識として形成される記憶,例えば,地球は丸いという知識の記憶.

学び方:授業の中で,学習のめあてを達成するために,児童・生徒が行う学習行動のこと.

赤ペン・青ペン:嬉しい,楽しいなどの登場人物の心情と赤色を結び付け,逆に悲しい,寂しいなどの心情は青色と結び付けることによって物語文を読み解く手法の一つ.児童は,本文を読みながら,直観的に赤や青のサイドラインを引き,その色を引いた根拠となる叙述について自分の考えをノート等に書き込んだり,その内容を発表するなどして学習を進めていく.

 

放送大学リポジトリランキング (直近1年間の集計結果)

最も閲覧されたアイテム1位

最もダウンロードされたアイテム8位

ouj.repo.nii.ac.jp

 

授業における知識の形成過程 その③

 2023年もあと2日です.今年も多くの方にご覧いただき感謝申し上げます.現在,寸暇を惜しんで続きを書いておりますが,少々長くなっておりもう少し時間を頂きたいと思います.手前みそですが,たぶん教育学部では,あまり学ばないような話になると思います.

 そこで,今回の話は,意味記憶形成について,もう少し紹介します..

 これまでのお話で紹介したエピソード記憶から意味記憶が形成されるという考え方の根拠の一つは,次の論文です.

LINTON,M.(1982)Transformations of memory in everyday life, in U. Neisser,(ed.) Memory Observed, W. H. Freeman.

 この論文は,次の書籍で引用され詳細に説明されています.

Gillian Cohen , Michael W. Eysenck , Martin E. LeVoi, “MEMORY : A Cognitive Approach” , Open Guides to Psychology , Open University Press, 1986.

 ここでは詳しく述べませんが,リントン女史が自身のエピソード記憶について調査した結果が根拠となっています.ただ,自身のエピソード記憶を何度も記憶想起するうちに事柄の関係性に気づく経験は,誰でもあるのではないでしょうか.

 理科の例で恐縮ですが,水を熱し続けると何度まで温度が上がるかを実験している児童は,温度計で何度も何度も測定しながら,過去となった直近の水温を記憶想起し,今の水温と比較することによって100℃近くでは水温の上昇が鈍化し,最後は全く水温が上がらないことに気づくはずです.この時,「水温が100℃に近くなったらもう,温度が上がらないんだ」などの意味を見い出します.これが,エピソード記憶から意味記憶が形成される瞬間です.従って授業では,経験的にエピソードが記憶されることが大前提で,タブレットなどの映像資料で実験の様子を見て学ぶやり方とは,根本的にエピソード記憶の質が異なります.このことについては,別の機会に書きたいと思います.

授業における知識の形成過程 その②

 前回の内容は,授業のはじまりにおける児童・生徒の脳内を探ってみました.

 さて,授業が始まると,ほどなくして指導される先生からの何らかの働きかけがあります.

 様々な教科及び単元で,それらは工夫をされて提示されますので,ここではどのような教科にも転用できるような一般的な授業展開に限って考えてみたいと思います.

 今回は,先生によるめあての提示の段階です.今でこそ児童・生徒を巻き込んだめあての作成が求められていますが,これは児童・生徒自らが学習に向かっていく意識を醸成するためであり,学習に意味を見出すためにはどうしても必要です.しかし,最後は指導者である先生が,めあての意味を簡潔にまとめて紹介し,黒板等に言語で記述することになります.児童・生徒は,これらの過程を通して,これから始まる学習の意味を掴むことになります.

めあての提示段階

 児童・生徒の脳には,先生が授業の最初に発話されたり,何かを演示されたりしたことがエピソードとして記憶されます.まずは,印象深くエピソードを記憶させることが重要です.そのためには,情動的,つまり瞬時に児童・生徒の思考を刺激する感情の演出が必要です.先生の発話やジェスチャーなどが情動的であると,思考などの認知過程に影響するからです.ちなみに,ジェスチャーによる非言語と音声による言語は,同じ神経システムに依存しています.つまり,音声による発話をジェスチャーで補完するとより強いメッセージになることは,歌手が歌を歌う時の様子を思い出しても納得できると思います.

 具体的に例えれば,前時と本時とのつながりを謎解きのように推測させる演出であったり,前時の結論と本時のめあてを対比させるような演出であったりなど様々ですが,この時,少なくとも前時の解については,全ての児童・生徒が記憶想起できる状況にあることが重要です.前時の内容を記憶想起もせずに,めあての提示を行っても,おそらくほとんどの児童・生徒は学習の文脈を掴むことができず,それぞれが単独の学習として処理してしまう可能性が大きいと思います.

 11/1411/30に書いた記事で紹介したように学習の初めにまとめを行う場合は,児童・生徒はその時に解を得ます.ですから,次の段階で先生がめあて提示に関する働きかけがあったら,ほとんどの児童・生徒で,その解とめあての関係性を探ることが容易になります.そのことは,学ぶ意味をも推測することにつながります.つまり,先生が行う情動的なめあての提示は,有効に機能することになるのです.今回紹介しためあての提示段階では,最終的には「めあての意味記憶」を形成させることが重要となります.提示されためあてをリハーサルしながら,その意味を獲得するとは,先生の演出のエピソードを,脳の中で何度も繰り返し考えることです.11/30のブログで示した板書の例で言えば,前時の学習が,「水の重さ」+「食塩の重さ」=「水溶液の重さ」の例として,水50gに食塩12gを溶かすと,計算上では「5012=62」となることをまとめとしていました.しかしながら,この時点では,本当に12gも溶けるのかは,児童の誰も知らないわけです.ですから,それは確かめる必要性が出てくることになり,そのことを脳でリハーサルしながら(本当に12g溶けるのかな?など・・・),次のめあてを考えていった結果が,水50gに食塩がどれ位溶けるか調べる必要性が生じ,これが新たなめあてとして受け入れられ,意味記憶として定着することになったのです.

 このようなことから,この段階では,めあての意味記憶を形成さることが重要であることがお分かり頂けると思います.今回は,これで終わります.次回は,この後の児童の脳で何が起こるかを紹介します.本日もお読みいただきありがとうございました.

 本日も,放送大学リポジトリでの直近1年間のアクセスランキングは,拙者の博論が最もアクセスされているようです.

ouj.repo.nii.ac.jp

 

授業における知識の形成過程 その①

 前回までは,学習において記憶想起することの大切さについて,私の実践を例に説明しました.

 記憶再生マップは,そのような記憶想起の集大成として単元学習が終了した時点でエピソード記憶の想起を行い,それらのつながりを俯瞰し学習の意味づけを行い,表現した意味のつながりを精査しながら,学習によって獲得した意味を描き連ねていくものになっています.

 今回は,知識の形成過程について,長年に渡って児童・生徒を指導した経験から,学習者の脳内で起こる事柄を紹介していくことにします.ただ,この話題は一義的に決まることではないので,あくまでも一事例といった見方でお読みいただければ助かります.また,これらの検討については,大学の研究室においても,学生さんや現職の先生方のご意見をお聞きしながら,改定しつつご紹介いたしますので,予めご了解願います.

 まず,今回のようなイラストでの説明については,現段階のリサーチにおいては,未だなされていないようですが,もし,同様の説明をなさっている方を御存知であるならば,ご一報頂きますようにお願い申し上げます.

 これまでの様々な授業の議論のなかでは,〇〇法,〇〇メソッドなど様々なアイディアが出され,学校現場ではそれらの実践が行われ,成果が報告されています.これらは,児童・生徒の学習行動に目を向けて議論されている場合がほとんどですが,そのことにより児童・生徒の脳内にどのような変化が起きるかなどは,あまり議論の対象となっていないのが現状です.従って,これまで児童・生徒の脳内における情報の動きが提示されたことはありませんでした.

 このような理由から,今回は,私が放送大学で書いた博論の内容に,38年間の現場教員としての経験知を加味し,児童の脳内における情報の動きについて考えてみたいと思います.これらのことに納得された先生方は,ご自身の指導においてどのような事に留意すべきかが読み取れてくるものと思います.

 学習が始まるこの段階では,できれば児童・生徒の持つスキーマの中で,学習に関係する内容については,ある程度揃えておくと指導がしやすいと考えられます.

 国語科であれば学習する単元(例えば,物語文や説明文)に出てくる言語の意味について,正しい概念を持っているかについは,事前に調査し,場合によっては説明をしておく必要があります.言語については,その単元で初めて学ぶものもありますが,そうではなくてその単元を学ぶ児童が,ある程度知っていると考えて本文に使用されている言語が非常に多くあります.実際に,本文に使用されていた「野球」という言語がよく分からないと言った児童(女児)もいました.

 また,理科の「もののとけ方」という学習では,「とける」と言う言語は,融解(例えば,氷が融ける,チョコレートが融ける等)の意で理解していた児童が8割であったことを博論にも紹介しています.授業での「とける」は溶解について学ぶので,学ぶ前に概念の追加が必要でした.

 このように授業のはじまりは,児童・生徒の持つスキーマについて考える必要があります.例えば,前の単元で学んだ内容について授業の初めに数分間時間を取って全体で記憶想起するなどです.その時,どのような記憶を想起させれば,これから始める授業が円滑に実施できるかは,事前に整理しておく必要があります.

 

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その⑥

 前回の内容を読んで,「なぜ1時間(45)の終末に学習のまとめを用意していないのか」と疑問を持たれた方も相当数いらっしゃったと思います.しかし,45分で全員が理解すると考える方が奇妙な事のように思えてきます.

 記憶の研究から言えば,記憶を確かなものにするには睡眠が重要であることは広く知られてきたところです.また,記憶を定着(固定化と言います)させるためには,記憶想起が重要であることも分かってきました.

 多くの先生方は,「たった今,児童に学習行動を経験させたので,忘れないうちにまとめをしておくことが重要である」と考えられています.当然ながら,行ったばかりの学習行動はほとんどの児童の脳から消えることはありません.問題は,学習行動の記憶,つまりエピソード記憶からまとめの記憶,つまり意味記憶を形成するプロセスにあります.

 よくやられているまとめ方に,「今日の学習は,どのようにまとめれば良いですか」といきなり言語でのまとめを要求するというものがあります.全ての児童が,この時点で,本時の学習行動を行ったことの価値や意義に気づいていれば,このような問いかけをしたとしても,まとめを考えるという学習行動に移行できますが,そうでない場合は考えることは難しいはずです.

 教科書が学習の意味を言語でまとめていることから,このような学習行動を要求するのですが,そもそも学習の意味は,児童ひとり一人が主体的に内なる納得をしなければ理解できません.

 一般的に記憶は,記銘,保持,想起という過程を経て行われると書かれている場合が多いですが,もっと重要な概念は,意味づけの過程です.これには,材料が必要です.それは,学習行動のエピソード記憶です.つまり学習によって自身が何を経験し,どんな情動的な感情を得たかなどの材料をしっかりと記憶想起することが重要なのです.

 先生方も授業をなさって気づかれた方も多いと思いますが,児童は経験したことをあまり記憶していない場合が見受けられます.また,記憶している内容が,学習とあまり関係のないこともあります.

 学習行動の中で,どのような経験が重要なのかは指導案を考えられたときに明確になっています.しかし,児童がどのような学習行動を記憶したかをチェックすることなしに,まとめ,つまり意味づけを行おうとしても,学習のまとめに必要な学習行動が記憶想起できない場合はできません.従って,まとめる前に重要なことは,エピソードがしっかりと脳に記憶されていることなのです.

 食材が揃えば料理作りもできます.学習も同じことです.学習行動のエピソードが児童の脳に揃えば,意味記憶を形成する準備が整うことになります.

2時間続きの授業の板書例(一部)

 今回もお読みいただきありがとうございます.

 現在,佐賀大学の角和博先生の授業に参加させていただき,学生さんにこのような話をしていますが,大変興味深く学ばれております.この続きは,学生さんに提示した図なども順次公開したいと思います.

kiokusaisei.blogspot.com

 

 

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その⑤

 多くの方にご覧頂き感謝いたします.本ブログで発信している内容は,実際に私が行った授業をもとに構成しています.今回は前回の続きになります.

 なぜ,まとめを保留にするのかということですが,ちょうど1年前に次のような内容を投稿していました.

www.kiokusaisei.com

 これをお読み頂いた方には伝わっていると思いますが,全ての児童・生徒が45分や50分で学習内容を理解(この定義も難しいのですが)したかは,甚だ疑問であると結論付けています.「いや,私は全ての児童・生徒に理解させています」とおっしゃる先生の言葉を否定しませんが,逆に,どうしてそのことを自信を持っておっしゃるのかお聞きしたいです.

 児童・生徒が学習内容を理解したかを簡単に確認する方法としては,直接その児童や生徒に学習内容に関する適切な質問を行い,その返答を聞けばある程度は確認できます.しかし,児童・生徒の数が大きくなればなるほど,理解したかどうかを確かめる術はなくなっていきます.しかも,それを授業中に行うのは一般的には不可能です.

 しかも,今まで標準的とされてきた1単位時間の学習過程では,授業の終盤,即ち,最後の10分間頃に言語や絵図を用いてまとめが設定されていますが,そうするとそれ以前に,学習内容の大まかな納得が児童・生徒に起こっていなくてはなりません.つまり,児童・生徒は授業を受けながら記憶想起を行わなければならないという,非常に奇妙な学習行動を想像しなければなりません.しかし児童・生徒は,学習時間の中盤には,主に教師の指示により,実験を行ったり,ノートに記録したり,話し合いを行ったり,自身の考えを発表したり,友達の意見を聞いたりなど様々な学習活動を行っている最中で,我々大人のように記憶想起と様々な作業等を同時には行うことは得意ではありません.つまり,経験した学習行動を記憶想起する間もなく,短時間に学習のまとめという経験をすることになる訳です.さらに言えば,まとめは1授業時間の事柄の印象(イメージ等)を記憶想起しながら児童・生徒自身が思考の中で行わなければ,正しい記憶として保持されません.授業時間が終わる前に,言語によるまとめを行ったとしても,児童・生徒が納得するかは疑問です.

 また,これまでの長期記憶の形成過程の研究からは,記憶想起を伴い,ある程度の時間を経て強化されるという研究成果もあります.

 次の板書は,前回の続きですが,学習の最初に前回の授業のまとめを行っています.前回では,感想を書かせて終わっていましたので,全員分の感想のチェックは既に終わっており,全体で紹介してよいと思われる感想も用意ができますし,十分に納得していない児童・生徒が誰なのかも把握ができています.また,その結果から,教師は学習の始まりにどのような事を話題として話すべきかも準備ができています.つまり,全員の理解状況を把握してまとめの学習行動に移れるのです.その間,児童は数日のブランクがありますが,睡眠を数回経験していますので,学習行動の記憶の固定化には十分な時間を経ています.ですから,教師の話次第では,言語だけで記憶想起が可能になるのです.つまり,まとめは次の授業の為に行うのです.

 このような取り組みを経て,単元内容のつながりが文脈として理解されるようになり,学習内容の因果関係が記憶に残っている印象とともに意味記憶として長く保持されるようになります.

 今回はここで終わりますが,このように授業について深く考えていく研究会などを開くことについて,佐賀大学名誉教授の角和博先生とも話し合いを重ねています.このブログをご覧いただいた皆様のご意見もぜひお聞きしたいと思っています.その時は,宜しくお願いいたします.

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その➃

 前回は,授業の初めに以前の授業の内容を記憶想起させると,児童はReady状態になるということを書きました.これは,強制的に記憶想起させていることになりますが,児童の記憶はあまり消失していないので無理なくできますし,何よりも学術的知見に基づいた学習行動となっています.

(学術的根拠は,この論文です.Nader, K., Schafe, G.E., & Le Doux, J.E. (2000).
Fear memories require protein synthesis in the amygdala for reconsolidation after retrieval. Nature, 406(6797), 722-6.)

 例えば,「〇班の結果は,〇gだったよね」や「〇さんが,〇と発言したのを覚えていますか」など具体的に示してあげると,「ああ,そうだったね」や「〇さんの意見で盛り上がったね」など,授業で行ったことを懐かしく話す児童が続出することもあります.

 もうそれだけで,ほぼ全ての児童のモチベーションが上がり,学習で経験しなければならなかった内容に関するスキーマをある程度は揃えられるわけです.スキーマは,長期記憶に保管されている知識の集合体の意味です.

 教師は,児童に記憶想起をさせているときには,できるだけ発言を控えて,多くの児童に自由に表出させることに専念することが肝要です.多くの児童が一斉に発言する場合もありますので,それらの発言で明らかに間違いの発言についてのみ,「〇については,それでよかったかな」などの助言をすると児童自らが修正する場合も見られます.

 次は4年生「ものの温度と体積」の例です.前回の授業が導入で,空気を閉じ込めたペットボトルをお湯や氷水に浸けた時の印象を記憶想起させました.そこから,空気の体積が,空気の温度変化でどのようになるかをしっかりと調べようという意識を持たせ,めあてを決定させています.板書をよく見ると,結果の後は児童ひとり一人の感想書きで終わっています.つまり,まとめは保留状態です.なぜかお分かりになりますか.

4年 ものの温度と体積 板書例

 ※穴埋め式のノートを利用されていることが多いようですが,書けなかったら書く訓練をする必要があります.私は,全て書かせています.つまり,鉛筆をより多く動かすように指導しています.

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その③

 やっと退院しました.10日間の入院でした.入院中の食事は,ほとんど全粥だったので若干のダイエットになりました.しかし,粥が嫌いになってしまいました.

 

 さて,ここでの問題は,直前の授業で何がなされたかをきちんと記憶想起させているかどうかです.なぜなら,人は考えるときに自身に向けられた言語の内容を理解し,その関係事項を想起しようとするからです.そうでなければ,会話が成立しません.

 

 

 もし,記憶想起をせずに唐突にある事象を示しても,関係性のある過去の事象や経験の記憶を呼び起こせない児童には,何のメッセージも伝わりません.つまり,「それ何?」という心情しか生まれません.

 教師が,この指導案の1をクイズ的な,つまり,前の授業が理解されているかを確かめるために,面白おかしく最初の学習行動として行ったとしても何の意図があったのか,私には理解できません.それでも,もしかすると,理解力のある児童が,『前の時間では,コイルの巻き数が多いほど,電磁石が鉄を引き付ける力が大きかったので,先生が提示したように,乾電池の数が多いほど引き付ける力も大きくなるのではないだろうか』と考え,2のワークシートに見事な考えを書くでしょう.しかし,理解力に問題のある児童らは,前回の授業も想起できずに,コイルの巻き数に関する授業とは全く関係のない,新たな学習と思い込んでしまう可能性もあります.

 そうではなく,1の前に0として,前回の学習を丁寧に記憶想起させることを行い,電磁石が鉄を引き付ける力は,コイルの巻き数が多いほど大きいという関係性を黒板に明示した後,関連のある事柄として巻き数の同じ2つのコイルに,片方は多くの釘が付いている様子を提示し,もう片方は少しの釘が付かない様子を提示すればいいのではないかと思います.

 そのようなことを行った後に,「隠されたところの秘密は何だろうか」などと呟くと面白そうですね.以前も言ったと思いますが,学習は連続したストーリーで構成されていますから,それを意識した授業を行うためには,授業の始まりは前の授業の話で盛り上がれば,全ての児童の意識がReadyとなります.

 

kiokusaisei.blogspot.com

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その②

記憶の再生について考えるブログ-別版-(10/23)

 現在,入院中ですが経過も良く,もうじき退院できそうな状況です.私の病気は,胆嚢胆石症で,入院してすぐに胆嚢を摘出しました.現在は,Cチューブなるものがまだ刺さっていますので,造影剤検査の後に引き抜かれたら退院かと思っています.

 入院治療は,非常にシステマティックで,個別対応の極とも言うべきものです.また,情報の共有化が確立していて,看護師は個別電子ファイルに患者の呟きや言動を事細かに記録し,全ての職員に伝えられるようになっています.このような環境での業務について学ぶことは,学校教育で働く職員のためにもなりそうです.

 

 さて,教育センターのWebサイトに掲載されている指導案ですが,若い先生方にとっては,自身の指導過程を計画するための貴重な資料ですね.それで,次のような導入段階の問題点を指摘してくださいと,投げかけて終わっていました.

 何が問題であるか,指摘していただければ嬉しいです.

 ただ,これだけではこの先生の意図は分かりませんので,次の計画書を見て,児童がどのような事を考えるのかを予想してください.前の時間は,電磁石の強さと巻き数の関係を調べる授業をしていたのですね.

 この計画を全て受け取るのではなく,自身ならどうするかという視点で議論されたらよろしいのではないでしょうか.

 その時に,様々な児童が学習しますので,何か先生の計画に乗ってこない児童の姿を想像できたら,その児童の心理を探ってみて下さい.色々と課題が見つかると思います.

 教育センターの先生も,教師各自が自身の授業を想起しながら,指導案をカスタマイズすることを希望されています.

 追伸:このブログのタイトルも気にしてください.