記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

授業における知識の形成過程 その①

 前回までは,学習において記憶想起することの大切さについて,私の実践を例に説明しました.

 記憶再生マップは,そのような記憶想起の集大成として単元学習が終了した時点でエピソード記憶の想起を行い,それらのつながりを俯瞰し学習の意味づけを行い,表現した意味のつながりを精査しながら,学習によって獲得した意味を描き連ねていくものになっています.

 今回は,知識の形成過程について,長年に渡って児童・生徒を指導した経験から,学習者の脳内で起こる事柄を紹介していくことにします.ただ,この話題は一義的に決まることではないので,あくまでも一事例といった見方でお読みいただければ助かります.また,これらの検討については,大学の研究室においても,学生さんや現職の先生方のご意見をお聞きしながら,改定しつつご紹介いたしますので,予めご了解願います.

 まず,今回のようなイラストでの説明については,現段階のリサーチにおいては,未だなされていないようですが,もし,同様の説明をなさっている方を御存知であるならば,ご一報頂きますようにお願い申し上げます.

 これまでの様々な授業の議論のなかでは,〇〇法,〇〇メソッドなど様々なアイディアが出され,学校現場ではそれらの実践が行われ,成果が報告されています.これらは,児童・生徒の学習行動に目を向けて議論されている場合がほとんどですが,そのことにより児童・生徒の脳内にどのような変化が起きるかなどは,あまり議論の対象となっていないのが現状です.従って,これまで児童・生徒の脳内における情報の動きが提示されたことはありませんでした.

 このような理由から,今回は,私が放送大学で書いた博論の内容に,38年間の現場教員としての経験知を加味し,児童の脳内における情報の動きについて考えてみたいと思います.これらのことに納得された先生方は,ご自身の指導においてどのような事に留意すべきかが読み取れてくるものと思います.

 学習が始まるこの段階では,できれば児童・生徒の持つスキーマの中で,学習に関係する内容については,ある程度揃えておくと指導がしやすいと考えられます.

 国語科であれば学習する単元(例えば,物語文や説明文)に出てくる言語の意味について,正しい概念を持っているかについは,事前に調査し,場合によっては説明をしておく必要があります.言語については,その単元で初めて学ぶものもありますが,そうではなくてその単元を学ぶ児童が,ある程度知っていると考えて本文に使用されている言語が非常に多くあります.実際に,本文に使用されていた「野球」という言語がよく分からないと言った児童(女児)もいました.

 また,理科の「もののとけ方」という学習では,「とける」と言う言語は,融解(例えば,氷が融ける,チョコレートが融ける等)の意で理解していた児童が8割であったことを博論にも紹介しています.授業での「とける」は溶解について学ぶので,学ぶ前に概念の追加が必要でした.

 このように授業のはじまりは,児童・生徒の持つスキーマについて考える必要があります.例えば,前の単元で学んだ内容について授業の初めに数分間時間を取って全体で記憶想起するなどです.その時,どのような記憶を想起させれば,これから始める授業が円滑に実施できるかは,事前に整理しておく必要があります.

 

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その⑥

 前回の内容を読んで,「なぜ1時間(45)の終末に学習のまとめを用意していないのか」と疑問を持たれた方も相当数いらっしゃったと思います.しかし,45分で全員が理解すると考える方が奇妙な事のように思えてきます.

 記憶の研究から言えば,記憶を確かなものにするには睡眠が重要であることは広く知られてきたところです.また,記憶を定着(固定化と言います)させるためには,記憶想起が重要であることも分かってきました.

 多くの先生方は,「たった今,児童に学習行動を経験させたので,忘れないうちにまとめをしておくことが重要である」と考えられています.当然ながら,行ったばかりの学習行動はほとんどの児童の脳から消えることはありません.問題は,学習行動の記憶,つまりエピソード記憶からまとめの記憶,つまり意味記憶を形成するプロセスにあります.

 よくやられているまとめ方に,「今日の学習は,どのようにまとめれば良いですか」といきなり言語でのまとめを要求するというものがあります.全ての児童が,この時点で,本時の学習行動を行ったことの価値や意義に気づいていれば,このような問いかけをしたとしても,まとめを考えるという学習行動に移行できますが,そうでない場合は考えることは難しいはずです.

 教科書が学習の意味を言語でまとめていることから,このような学習行動を要求するのですが,そもそも学習の意味は,児童ひとり一人が主体的に内なる納得をしなければ理解できません.

 一般的に記憶は,記銘,保持,想起という過程を経て行われると書かれている場合が多いですが,もっと重要な概念は,意味づけの過程です.これには,材料が必要です.それは,学習行動のエピソード記憶です.つまり学習によって自身が何を経験し,どんな情動的な感情を得たかなどの材料をしっかりと記憶想起することが重要なのです.

 先生方も授業をなさって気づかれた方も多いと思いますが,児童は経験したことをあまり記憶していない場合が見受けられます.また,記憶している内容が,学習とあまり関係のないこともあります.

 学習行動の中で,どのような経験が重要なのかは指導案を考えられたときに明確になっています.しかし,児童がどのような学習行動を記憶したかをチェックすることなしに,まとめ,つまり意味づけを行おうとしても,学習のまとめに必要な学習行動が記憶想起できない場合はできません.従って,まとめる前に重要なことは,エピソードがしっかりと脳に記憶されていることなのです.

 食材が揃えば料理作りもできます.学習も同じことです.学習行動のエピソードが児童の脳に揃えば,意味記憶を形成する準備が整うことになります.

2時間続きの授業の板書例(一部)

 今回もお読みいただきありがとうございます.

 現在,佐賀大学の角和博先生の授業に参加させていただき,学生さんにこのような話をしていますが,大変興味深く学ばれております.この続きは,学生さんに提示した図なども順次公開したいと思います.

kiokusaisei.blogspot.com

 

 

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その⑤

 多くの方にご覧頂き感謝いたします.本ブログで発信している内容は,実際に私が行った授業をもとに構成しています.今回は前回の続きになります.

 なぜ,まとめを保留にするのかということですが,ちょうど1年前に次のような内容を投稿していました.

www.kiokusaisei.com

 これをお読み頂いた方には伝わっていると思いますが,全ての児童・生徒が45分や50分で学習内容を理解(この定義も難しいのですが)したかは,甚だ疑問であると結論付けています.「いや,私は全ての児童・生徒に理解させています」とおっしゃる先生の言葉を否定しませんが,逆に,どうしてそのことを自信を持っておっしゃるのかお聞きしたいです.

 児童・生徒が学習内容を理解したかを簡単に確認する方法としては,直接その児童や生徒に学習内容に関する適切な質問を行い,その返答を聞けばある程度は確認できます.しかし,児童・生徒の数が大きくなればなるほど,理解したかどうかを確かめる術はなくなっていきます.しかも,それを授業中に行うのは一般的には不可能です.

 しかも,今まで標準的とされてきた1単位時間の学習過程では,授業の終盤,即ち,最後の10分間頃に言語や絵図を用いてまとめが設定されていますが,そうするとそれ以前に,学習内容の大まかな納得が児童・生徒に起こっていなくてはなりません.つまり,児童・生徒は授業を受けながら記憶想起を行わなければならないという,非常に奇妙な学習行動を想像しなければなりません.しかし児童・生徒は,学習時間の中盤には,主に教師の指示により,実験を行ったり,ノートに記録したり,話し合いを行ったり,自身の考えを発表したり,友達の意見を聞いたりなど様々な学習活動を行っている最中で,我々大人のように記憶想起と様々な作業等を同時には行うことは得意ではありません.つまり,経験した学習行動を記憶想起する間もなく,短時間に学習のまとめという経験をすることになる訳です.さらに言えば,まとめは1授業時間の事柄の印象(イメージ等)を記憶想起しながら児童・生徒自身が思考の中で行わなければ,正しい記憶として保持されません.授業時間が終わる前に,言語によるまとめを行ったとしても,児童・生徒が納得するかは疑問です.

 また,これまでの長期記憶の形成過程の研究からは,記憶想起を伴い,ある程度の時間を経て強化されるという研究成果もあります.

 次の板書は,前回の続きですが,学習の最初に前回の授業のまとめを行っています.前回では,感想を書かせて終わっていましたので,全員分の感想のチェックは既に終わっており,全体で紹介してよいと思われる感想も用意ができますし,十分に納得していない児童・生徒が誰なのかも把握ができています.また,その結果から,教師は学習の始まりにどのような事を話題として話すべきかも準備ができています.つまり,全員の理解状況を把握してまとめの学習行動に移れるのです.その間,児童は数日のブランクがありますが,睡眠を数回経験していますので,学習行動の記憶の固定化には十分な時間を経ています.ですから,教師の話次第では,言語だけで記憶想起が可能になるのです.つまり,まとめは次の授業の為に行うのです.

 このような取り組みを経て,単元内容のつながりが文脈として理解されるようになり,学習内容の因果関係が記憶に残っている印象とともに意味記憶として長く保持されるようになります.

 今回はここで終わりますが,このように授業について深く考えていく研究会などを開くことについて,佐賀大学名誉教授の角和博先生とも話し合いを重ねています.このブログをご覧いただいた皆様のご意見もぜひお聞きしたいと思っています.その時は,宜しくお願いいたします.

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その➃

 前回は,授業の初めに以前の授業の内容を記憶想起させると,児童はReady状態になるということを書きました.これは,強制的に記憶想起させていることになりますが,児童の記憶はあまり消失していないので無理なくできますし,何よりも学術的知見に基づいた学習行動となっています.

(学術的根拠は,この論文です.Nader, K., Schafe, G.E., & Le Doux, J.E. (2000).
Fear memories require protein synthesis in the amygdala for reconsolidation after retrieval. Nature, 406(6797), 722-6.)

 例えば,「〇班の結果は,〇gだったよね」や「〇さんが,〇と発言したのを覚えていますか」など具体的に示してあげると,「ああ,そうだったね」や「〇さんの意見で盛り上がったね」など,授業で行ったことを懐かしく話す児童が続出することもあります.

 もうそれだけで,ほぼ全ての児童のモチベーションが上がり,学習で経験しなければならなかった内容に関するスキーマをある程度は揃えられるわけです.スキーマは,長期記憶に保管されている知識の集合体の意味です.

 教師は,児童に記憶想起をさせているときには,できるだけ発言を控えて,多くの児童に自由に表出させることに専念することが肝要です.多くの児童が一斉に発言する場合もありますので,それらの発言で明らかに間違いの発言についてのみ,「〇については,それでよかったかな」などの助言をすると児童自らが修正する場合も見られます.

 次は4年生「ものの温度と体積」の例です.前回の授業が導入で,空気を閉じ込めたペットボトルをお湯や氷水に浸けた時の印象を記憶想起させました.そこから,空気の体積が,空気の温度変化でどのようになるかをしっかりと調べようという意識を持たせ,めあてを決定させています.板書をよく見ると,結果の後は児童ひとり一人の感想書きで終わっています.つまり,まとめは保留状態です.なぜかお分かりになりますか.

4年 ものの温度と体積 板書例

 ※穴埋め式のノートを利用されていることが多いようですが,書けなかったら書く訓練をする必要があります.私は,全て書かせています.つまり,鉛筆をより多く動かすように指導しています.

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その③

 やっと退院しました.10日間の入院でした.入院中の食事は,ほとんど全粥だったので若干のダイエットになりました.しかし,粥が嫌いになってしまいました.

 

 さて,ここでの問題は,直前の授業で何がなされたかをきちんと記憶想起させているかどうかです.なぜなら,人は考えるときに自身に向けられた言語の内容を理解し,その関係事項を想起しようとするからです.そうでなければ,会話が成立しません.

 

 

 もし,記憶想起をせずに唐突にある事象を示しても,関係性のある過去の事象や経験の記憶を呼び起こせない児童には,何のメッセージも伝わりません.つまり,「それ何?」という心情しか生まれません.

 教師が,この指導案の1をクイズ的な,つまり,前の授業が理解されているかを確かめるために,面白おかしく最初の学習行動として行ったとしても何の意図があったのか,私には理解できません.それでも,もしかすると,理解力のある児童が,『前の時間では,コイルの巻き数が多いほど,電磁石が鉄を引き付ける力が大きかったので,先生が提示したように,乾電池の数が多いほど引き付ける力も大きくなるのではないだろうか』と考え,2のワークシートに見事な考えを書くでしょう.しかし,理解力に問題のある児童らは,前回の授業も想起できずに,コイルの巻き数に関する授業とは全く関係のない,新たな学習と思い込んでしまう可能性もあります.

 そうではなく,1の前に0として,前回の学習を丁寧に記憶想起させることを行い,電磁石が鉄を引き付ける力は,コイルの巻き数が多いほど大きいという関係性を黒板に明示した後,関連のある事柄として巻き数の同じ2つのコイルに,片方は多くの釘が付いている様子を提示し,もう片方は少しの釘が付かない様子を提示すればいいのではないかと思います.

 そのようなことを行った後に,「隠されたところの秘密は何だろうか」などと呟くと面白そうですね.以前も言ったと思いますが,学習は連続したストーリーで構成されていますから,それを意識した授業を行うためには,授業の始まりは前の授業の話で盛り上がれば,全ての児童の意識がReadyとなります.

 

kiokusaisei.blogspot.com

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.その②

記憶の再生について考えるブログ-別版-(10/23)

 現在,入院中ですが経過も良く,もうじき退院できそうな状況です.私の病気は,胆嚢胆石症で,入院してすぐに胆嚢を摘出しました.現在は,Cチューブなるものがまだ刺さっていますので,造影剤検査の後に引き抜かれたら退院かと思っています.

 入院治療は,非常にシステマティックで,個別対応の極とも言うべきものです.また,情報の共有化が確立していて,看護師は個別電子ファイルに患者の呟きや言動を事細かに記録し,全ての職員に伝えられるようになっています.このような環境での業務について学ぶことは,学校教育で働く職員のためにもなりそうです.

 

 さて,教育センターのWebサイトに掲載されている指導案ですが,若い先生方にとっては,自身の指導過程を計画するための貴重な資料ですね.それで,次のような導入段階の問題点を指摘してくださいと,投げかけて終わっていました.

 何が問題であるか,指摘していただければ嬉しいです.

 ただ,これだけではこの先生の意図は分かりませんので,次の計画書を見て,児童がどのような事を考えるのかを予想してください.前の時間は,電磁石の強さと巻き数の関係を調べる授業をしていたのですね.

 この計画を全て受け取るのではなく,自身ならどうするかという視点で議論されたらよろしいのではないでしょうか.

 その時に,様々な児童が学習しますので,何か先生の計画に乗ってこない児童の姿を想像できたら,その児童の心理を探ってみて下さい.色々と課題が見つかると思います.

 教育センターの先生も,教師各自が自身の授業を想起しながら,指導案をカスタマイズすることを希望されています.

 追伸:このブログのタイトルも気にしてください.

 

 

もう一度,記憶を再生することについて考えてみよう.

多くの方にこのブログをお読みいただき感謝申し上げます.

成績が伸びないのなら指導の仕方を変更をするべきである,という佐賀新聞への投稿を紹介したところです.そこでこれからは,なぜ学際的な視点で授業を分析していかなければならないのかという話題と記憶想起がなぜ学習で重要であるかについて述べていきたいと思います.

まず,学際的とは,幾つかの学問分野にまたがっていることを指す言語ですが,課題を解決するために単独の学問だけでは解決できない場合があることを認識すべきということが出発点となります.

我々は教員ですので,どうしても教育学に頼って物事を考えてしまいがちです.(という私は,教育学部の出身ではありません.)

まず最初に,一般的な授業の型を提示し,それぞれの問題点について解説します.なお,一般の方がお読みになることを前提として,教員の方には当然と思われることについても,丁寧に説明していきたいと思います.よろしくお願いいたします.

 

小学校の45分授業は,大まかに分けると,導入段階,展開段階,終末段階で構成されます.これを見ますと,大まかな推測はできられると思いますが,導入段階は授業の初めの部分,展開段階は授業の核心部分,終末段階は授業のまとめの部分です,

それと時間の配分は,教科や学習の内容(単元と言います)で異なりますが,おおよそで言えば,導入段階は10分程度,展開段階は30分程度,終末段階は5分程度になります.

それでは,佐賀県の西部教育事務所が教員用に提示している授業の基本的な流れに沿って説明します.

 

導入段階は,1「つかむ」,2「見通す」の2段階の学習が行われます.

今回は,1「つかむ」についてです.教員用の説明は,次のように書かれています.

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1「つかむ」

(1)学習への意欲をもつ.

〇驚き,不思議さ,必要感,疑問や問題点等を感じ,意欲を以て学習に臨めるような課題を提示する.

(2)学習のめあてをつかむ

〇めあてを本時の目標に沿って焦点化する.

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一般の方には,分かりづらいと思いますが,1「つかむ」とは,児童がこれから勉強する授業のめあて(目的・目標)が分かるという意味です.いくつかの例を示したいと思います.

佐賀県教育センターには,先生方が授業を行うときに立てる計画書,つまり学習指導案というものの例が掲載されています.その中から,いくつかを選び説明したいと思います.

(授業のめあての例)

5年理科「乾電池の数(電流の大きさ)を変えると電磁石の強さはどう変わるだろうか?」

1年国語「しまうまの赤ちゃんの,立つ,あるく,はしるようすをくわしくしらべよう」

4年国語「(話題や自分の考えが分かる言葉を入れて,短い言葉で)見出しを付けよう.

3年算数「23×3の答えの求め方を考えよう」

 

これらは,授業の計画書には必ず記載されているものです.

児童は,これらが黒板に書かれたら,ノートなどに転記します.

それでは,5年理科の例で説明します.

 

授業が始まってしばらくすると先生が,「乾電池の数(電流の大きさ)を変えると電磁石の強さはどう変わるだろうか?」を黒板の左上に書かれます.

しかし,このことが授業の最初ではありません.唐突に疑問を突き付けても児童は何のことか分かりませんよね.

そこで,(1)学習への意欲を持つ.(学習することの意味を知る・感じる)〇驚き,不思議さ,必要感,疑問や問題点等を感じ,意欲を以て学習に臨めるような課題を提示する.という手続きが必ずあります.

実際の手続きは,以下のように計画されています.

このような計画ですが,問題点を指摘してください.

※すみませんが,現在入院中です.退院した後,続きを執筆します.

生成AIの教育利用に関する暫定的なガイドラインについて その⑤ ~ 生成AIの正しい(?)使い方 ~

(New) 記憶の再生について考えるブログ-別版-

【前回】

 生成AIの教育利用は,利用規約の順守や個人情報保護への配慮など課題がある.また,機械学習機能のブロックにより,AIが進化しにくいという問題もある.文科省は,これらの課題を踏まえて,パイロット的取り組みを進めようとしている.

※前回の内容をBardを用いて,200字程度にまとめました.

【今回】前回書いたように生成AIに関しては,利用規約等の制限があるので,今すぐの問題ではありませんが,近い将来では必ず直面する問題ではあります.

 このことは,30年ほど前のコンピュータやネットワークの普及時と同様で,テクノロジーの進化の波が最も遅れて到達するのは教育分野であるという事です.平成初期にコンピュータが学校に導入された時も,様々な業種にはすでに導入されていました.今回の生成AIもすでに様々な分野で利用され,その効果が紹介されています.

 それでは,各学校では生成AIが利用できるようになるまで何をすべきでしょうか.

 昔は,ハードウェアの購入という財政的な高い壁があり,導入までの時間がかかるので市や町の教育委員会もあまり焦ったようには現場を指導しませんでした.一方,教育センターの研究員だった私が勤務を命じられた100校プロジェクト指定校(中学校)では,機器も導入されて研究発表会まで1年半しかなかったために,研究授業を行う各教科の先生方には,赴任当初から2つお願いをしました.1つは,パソコンとはどのような機械で,何ができるかを実際に触って理解することです.当時,スマホタブレットなどはありませんでしたし,パソコンを触ったことがない先生方もたくさんいらっしゃいました.ですから学校のパソコンをとにかく使ってもらいました.それと同時に私が,職員研修の時間にパソコンでできること(当時)を全て実際に実演し,理解してもらいました.次に,パソコンでできることを脳裏に浮かべながら,自分の教科の授業では,どのように利用できるかを考えてもらう職員研修を行いました.

100校プロジェクト(1994年7月17日 佐賀新聞)

 おそらく今回の生成AIの件も,このような事を行う必要があります.ですから,最初にAIとは何かや特に生成AIでできることは何かを理解すべきです.それが完了した時点で,生成AIが自身の授業でどのように利用できる可能性があるかを考える必要があります.

 そこで文科省ガイドラインですが,パイロット的な取組(一部の学校が対象)」に

①生成AI自体を学ぶ段階(生成AIの仕組み,利便性・リスク,留意点)

②使い方を学ぶ段階(より良い回答を引き出すためのAIとの対話スキル,ファクトチェックの方法 )

③各教科等の学びにおいて積極的に用いる段階(問題を発見し,課題を設定する場面,自分の考えを形成する場面,異なる考えを整理したり,比較したり,深めたりする場面などでの生成AIの活用 )

➃日常使いする段階(生成AI検索エンジンと同様に普段使いする)

4段階の大まかな活用ステージが書かれています.

 確かにこの通りなのですが,各学校にあっては,この手続き通り研修を行っても上手くいかない可能性も考えられます.そこのところを今回は説明します.

 これから先は,私の個人的な考えが色濃く出ますので,ご自身の考えと照らし合わせて読んで下さい.

 まず①ですが,職員研修では座学が中心となると思います.現在,学校教育への導入が話題になっている生成AIは,テキストを作成するAIですからテキスト生成AIです.生成AIに対して人間がどのようなことをすると,テキストが生成されるのか,その仕組みを学びます.利便性やリスク,留意点はグループでディスカッションしてもよいでしょう.それらの結果を,ファシリテーター役の先生がまとめれば終わりです.できれば,実際に生成AIの利用もグループで行うと,あまり得意でない先生も安心されると思います.

 このようにして,活用ステージの①が完了したとして,先生方には「生成AIとは何か」ということがどのように伝わったかです.

 まず生成AIは,非常に上手く文章を作り出すという事です.言うならば,優れた作文能力の持ち主とでも言ってよいと思います.そのことを,活用ステージ①で実感することが大切です.そのことを実感するためには,入力した内容と生成された文章を突き合わせることが重要となります.つまり,生成された文章が,あたかも人間が作ったような文章になっているかを確認することです.これは体験されるとお分かりになりますが,ほぼ完璧な日本語を作成します.ですから何回かやり取りをしていると,タブレットPCの中に賢い人間がいるように感じてしまいます.

 さて,本当の問題はここからです.それは,「生成AIの利用」と「Webブラウザによる検索」の違いを整理することが重要です.これは,多くの人が勘違いをしているところだと思いますが,生成AIを利用することは,ブラウザによる検索とは根本的に違うという事です.にもかかわらず,文科省ガイドラインにも検索に利用する例が多く載せられています.もちろん情報検索で利用してもよいと思いますが,それなら今までの通りに,ブラウザで検索すれば知りたい情報は得られます.ただ,生成AIで検索すれば,しっかりした文章で返してくれますので,探す手間が省けるのも事実です.

 実際にやってみましょう.

 (例)薔薇の種類にフラゴナールというものがありますが,その育て方を調べてみます.最初にWebブラウザで調べます.検索窓に「薔薇 フラゴナール 育て方」と記述してみました.

「薔薇 フラゴナール 育て方」の検索結果①

「薔薇 フラゴナール 育て方」の検索結果②

 次に,Bardで検索してみます.「薔薇のフラゴナールの育て方を教えよ」とプロンプト窓に記入しました.

薔薇のフラゴナールの育て方に対するBardの回答

 この例では,Web検索ではWebページのタイトルが示されますが,中身はさらにクリックしてみないと分かりませんし,手間がかかります.しかし,写真や絵図を参照することで,理解できる場合もあります.

 一方,生成AIは,フラゴナールの育て方を分かり易い文章で示してくれました.つまり生成AIの出力は,一見すると人間の入力する内容に対する完璧な回答のようにみえます.ですから,Web検索のような利用法を想定して,話が進んでいると考えられます.

 ガイドラインp10の活用ステージ②「使い方を学ぶ段階(より良い回答を引き出すためのAIとの対話スキル,ファクトチェックの方法 )」では,「より良い回答」という言語が目を引きます.ここからも,調べ学習などで行う検索としての利用を想定していることが推測されます.

 ところがテキスト生成AIは,文章を上手に作成することに特化していますから,検索に利用するのは,あまり本来の使い方ではないようです.調べ学習なら,これまで通りにブラウザで行えばいいのです.それと生成AIは,平気で嘘を並べますから,文科省もファクトチェックを行うようにと述べています.

 では,生成AIをどのように使えばよいかと言えば,生成AI利用者の助言者や相談相手としての利用です.下の写真は,そんな将来の授業のイメージで,児童とのコミュニケーションをとる生成AIが搭載されたロボットです.このロボットは,人間の子供と同じで平気で嘘もつくロボットです.現在は,タブレットの中に生成AIロボットが存在しているという想定で考えるようにします.ですから,児童が自由に友達に尋ねるように生成AIに語りかける場面を想定してやればいい訳です.

 

 この考え方は,ヴィゴツキーが述べた発達の最近接領域の考え方を,タブレット内で児童が操作する生成AIを友達に見立てて実現するものです.生成AIは児童にとって仮想的な友達です.小学生の友達だから(そういう想定で利用する),間違ったことを表示しても構いません.それよりも丁寧に一人一人の児童の相談相手として,児童が入力したプロンプトに対して返答してくれればよいのです.

 また,操作する児童は,プロンプトエンジニアリングについて学び,生成AIが示した情報に対して,「それは本当か」という目で物事を見る訓練を行うことで,ネット上の情報に対する姿勢,クリティカルシンキングを身に付けることができるのです.また,ファクトチェックについての適切な入力を行うことができるようになれば,生成AIの回答の真偽を自身が判断できるようになる訓練にもなります.

 このようなことから,教育で利用するのだから,生成AIが正しい回答を出さなければならないという見方を捨てるのもありだと考えます.児童のよき相談相手としての生成AIの方が使い勝手があると考えます.

 それと,そのような助言者や相談相手としての生成AIですから,いろんな教科の授業のどの場面で利用できるかは,考えれば沢山ありそうです.是非とも,利用が解禁されたときにすぐにでも活用できるように,今からその場面を探しておくのもよい準備かと思います.

 

生成AIの教育利用に関する暫定的なガイドラインについて その④

【前回】

 生成AIの批判的思考力や創造性、学習意欲への影響に関する懸念は、AIに対する過大評価によるものである。生成AIは将棋などでは人間を上回る成績を出すが、他の面では人間を完全に代替することはできない。生成AIを神の声のように思い込むと、批判的思考力や創造性は育たない。また、生成AIを十分に理解して尋ねることで学習意欲は向上するが、尋ね方を間違えると学習意欲が減退する。

※この要約は,Bardによるものです.

【今回】

 このガイドラインは,有識者会議で議論された内容を基に,一旦,粗方の方針を文章化しています.それが,p4の中程に書かれている内容です.その最初に示されているのが「利用規約」になります.当然ながら,ChatGPT(OpenAI),Bing(Microsoft),Bard(Google),それぞれに利用規約があります.p15には,利用する際のチェックリスト,p16には概要とともに利用規約が明示されていますのでご確認ください.

 これを読めば,ChatGPTは13歳以上,Bingは成年,Bardは18歳以上でないと利用できないと書かれています.ですからこのままであれば,13歳以上の中学生・高校生が保護者の許可を得たうえでChatGPTを使うことができます.Bingは,保護者の同意があれば,小・中・高校生が利用できます.しかし,Bardは,保護者同意の記載がないので,小・中・高校生は利用できません.ですから,小学校でどうしても学習に利用したいというのであれば,ChatGPTBingを保護者の同意を取って利用するということになりそうです.ちなみにBingは,OpenAIとの提携により,GPT-4を利用しています.

 

ChatGPT(OpenAI)

13歳以上で18歳未満は,保護者の許可が必要.

Bing   (Microsoft)

成年,未成年は,保護者の許可が必要.

Bard   (Google)

18歳以上(保護者の同意等の文面はなし)

 

 ところが,最近,株式会社イー・ラーニング研究所が,生成AIに関しての調査を行った結果,子どものいる親世代の60%が,生成AIを教育現場で活用することに賛成していますが,残りの4%は反対,36%は分からないというように回答しました.このことを見ると,生成AIを学校で使おうとしても,保護者全員の許可は取りにくいと考えられます.許可が取れた児童は使えて,取れない児童は使えないというのはどうでしょうか.あまりお勧めできません.まだまだ,生成AIの認知度が向上しないと,児童全員が学習に生成AIを利用できないようです.

 このことに対して文科省は,「開発企業への働きかけ」として,我が国の教育利用の観点からの製品開発を要請しているようです.具体的には,フィルタリング機能の強化,個人情報保護機能の実装,教育用生成AIの開発,利用規約に関する考え方の整理等が挙げられています.(p17)

 このような状況ですから厳密にいえば,現段階で学校で生成AIを授業に利用することはできません.

 それと,さらに幾つかの問題があります.それは,機械学習です.生成AIの生成AIたる所以は,機械学習によってAIが進化する,つまり人間的にいえば賢くなるという事です.ガイドラインでは,機械学習をしない,させないように設定することが前提で,主に個人情報の漏洩を防ぐことが目的です.ですが,これではAI自体は,何も変わりません.本来ならば,人間の入力する内容,所謂プロンプトの内容を学習して,出力する内容が改善されます.具体的にいえば,小学生が小学生なりの表現でプロンプトを入力すると,その拙い表現を生成AIが学ぶことも考えられますし,小学生なりの思考ロジックも学習し,それに従って回答を生成したり,別の小学生のプロンプトの解析に生かせることにもなり,益々使いやすいシステムに変化していくことも期待できるわけです.ですから必ずしも,機械学習をブロックすることは上手な使い方とは言えず,生成AIを使っている意味があまり見いだせなくなることも考えられるのです.

 さらに,これまでは児童が生成AIを利用するときに,自身の名前等の秘匿情報を入力することに対する懸念を考えていました.しかし,NHK5月に作成した番組『生成AI 注意すべきは~「生成AI」のリスクや注意点最低限これだけは気を付けて』で述べられていますが,個人情報を扱う職種の中に教育者が挙がっていることに注意すべきです.つまり,この番組では,教育者が児童・生徒の個人情報を生成AIに入力することに関する注意喚起を行っているのであって,児童・生徒が自らの,若しくは友達の個人情報を入力することには言及していません.

 

 これは現場の教師であれば容易に想像できるのですが,普通に指導を受けた児童・生徒ならば,生成AIを授業でどのように使うかを考えれば,個人情報をプロンプトに含めるような使い方はあまり考えられません.(だからと言って,絶対にないとは言えませんが…)

www3.nhk.or.jp

 このようなことで文科省は,近い将来に向けて,生成AI等の教育利用について,パイロット的取り組みを進めようとしています.これは,インターネットの黎明期(平成初期)に,100校プロジェクト等のパイロット的事業(当時は通産省と文部省による)に似ていますが,それに比べると今回はネットワーク機器等の環境を設置する必要もなく,事業の規模は小さいのではないでしょうか.

 ちなみに私は,当時,100校プロジェクト指定校に勤務しており,その担当として,日本で初めてのテレビ会議による授業を行いました.このときは地元の佐賀大学との共同研究という形でした.そして,それぞれの地区での研究が東京の全国規模の会議で紹介されたことを思い出しましたが,全国的にそれらの知見が広がるのに10年程度は要したと記憶しています.

 さて,今回はここまでですが,そうするとプロジェクト校以外の学校は,どのように準備する必要があるのでしょうか.次回は,そのことについて紹介したいと思います.今回もお読みいただきありがとうございました.

 

生成AIの教育利用に関する暫定的なガイドラインについて その③

【前回の要約】

 生成AIの登場は,情報通信機器の普及と学校教育の結びつきに対して,リスクが指摘されています.偽情報や個人情報流出などの懸念が,AIの機械学習に起因しています.ただし一部利用者は,このような報道に対して懐疑的な意見を持ち,AIについての議論が広がっています.

※この要約は,ChatGPTが作成した要約を筆者が適宜修正しています.

【今回】

 前回の最後に,「批判的思考力や創造性,学習意欲への影響を有識者が議論した意味は異なります.」と書きました.何と異なるかと言えば,AIの機械学習による情報漏洩に関する懸念とは,別の理由があるということで,異なると書いたものです.

 今回出されたガイドラインのp4には,「批判的思考力や創造性,学習意欲への影響」という文言が書かれています.つまり,生成AIに頼ると,このような影響が考えられるという事を言っています.生成AIに頼ると,本当に批判的思考力が低下するのでしょうか.また,創造性が育成されずに,学習意欲が減退するのでしょうか.

 実は,有識者がこのような懸念を話題にしたのは,WBC勝戦の前に大谷選手が,対戦するアメリカの選手たちを引き合いに出して,仲間に「憧れるのはやめましょう」と言ったことと似ています.つまり,生成AIに対する過大な評価が,生成AIが出した回答に対しても過大なる評価をしてしまうことに対する警告なのです.もっと言えば,AIは将棋等の世界では人間と同等かそれ以上の成績を出していますが,今後,他の面,例えば皆さんが日々指導されている授業においては人間以上のモノになり得るでしょうか.

 先日,大学の物理学科の級友と議論した時,彼は「AIが教師に取って代わるようになる」と持論を力説しました.このような考えを持っていると,たとえ生成AIが出した回答ですら,神の声のように感じてしまい,物事を批判的に見る力は育たないと考えられます.現段階のAIは,人間の教師のような指導はできないことは明らかです.つまり,批判的思考力も想像性も,生成AIに対する過大評価によっては育たないということを言っているのです.

 さらに,有識者「学習意欲へも影響がある」とも述べています.これはいったいどのようなことでしょうか.そのまま鵜呑みにすると,生成AIを使うと児童・生徒の学習意欲が低下するような印象を受けますが,そうではありません.これは,プロンプトエンジニアリング(Prompt Engineering)に関係する内容です.野村総合研究所のサイトでは,「AI(人工知能)から望ましい出力を得るために、指示や命令を設計、最適化するスキル」という分かり易い定義があります.つまり,尋ね方次第では,生成AIの回答はどうにでもなるという事です.相手(生成AI)を十分理解して尋ねると,満足いく回答が得られるという事になり,学習意欲が増します.逆に,尋ね方を間違うと,見当違いの回答に学習意欲が減退することも考えられます.

 簡単な実験をお見せします.

 先程,大谷翔平選手の話を出しましたので写真も載せたいところですが,著作権の関係でできません.そこで,画像生成AIを使ってロッカールームの様子を再現させてみたいと思います.このときに大切なことは,どのようなシチュエーションの絵を描かせるかを,適切なプロンプトで指示することです.使用するアプリは,Adobe Expressです.

 プロンプトを入力する箇所に,

アメリカ大リーガーの日本人選手である大谷翔平選手が,アメリカとの国際試合の最終戦の前に,ロッカールームで「憧れるのはやめましょう」と日本代表のチームメイトに言っているところ.大谷選手のユニホームの背中には,「OHTANI」と言う文字が,赤色で書かれている.』

と記入しました.そのプロンプトによって作成されたイメージが,次の4枚です.

※何枚も作成しますが,この程度です.

画像生成AIで作成したイメージ

 いかがでしょうか.こんなものです.というか生成AIとしては,十分に機能してくれていると思いますが,大谷選手の写真入りの結果を期待された方にとっては,意欲が減退されたかも知れません.

 つまり,生成AIに関しては,プロンプトエンジニアリングに関する指導が重要であるという事です.これらは,コミュニケーションの力にもずいぶん関係する内容ですね.さて,このガイドラインのp4に関しては,教員としてさらにお知らせする内容がありますので,次回もお楽しみに.今回は,ここまでです.お読みいただきありがとうございました.