記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

記憶再生マップの効果⑨

 あっと言う間に梅雨が明けた感じです.理科室での授業は,30℃を超える中,児童には水筒を持参させ,いつ飲んでも構わないと許可を出しながら行っています.熱中症にならないような工夫も,そろそろ限界ですね.

 さて,今回は児童Bの箇条書き(a)(b)です.この児童は,真面目に授業に取り組み,発言もしますが,学習内容の理解がもう一歩というところです.なお黄色のマーカーは,(a)(b)で同じ言語と読み取れるものに付けています.例えば,箇条書き(a)で「強風」という言語がありますが,(b)にもありますのでマーカーで色付けしました.

児童Bの箇条書き(a)と(b)

 さて,箇条書き(a)を見ると児童Bは,学習の大切な内容に関しては,しっかり記述しているようにも読み取れます.台風による風雨の様子や日本付近にやって来る台風の発生場所からの動き,その回転方向,さらに被害など簡潔にまとめています.

 一方,箇条書き(b)は,記憶再生マップと一緒に見るとよく分かります.

 記憶再生マップに引いた4色の下線と箇条書き(b)に引かれた下線が対応しています.

 これを見ると,児童がどのような視線でマップを見て箇条書きを書いたかが分かります.

児童Bの記憶再生マップ

 最初は,赤の下線部に目が行ったようです.それぞれのノードに書かれたトピックが,箇条書き(b)に記述されています.しかし,2行目の「人が怪我したりしてとっても~危険」という文は,箇条書き(b)を見ながら追加した部分となります.

 続いて記憶再生マップを見ていた児童Bは,「台風と天気」というトピックを見ながら,積乱雲と大雨,雷という言語をつなげて箇条書きを作成しました.それが「積乱雲で大雨が降って,雷や大きな音が出る.」という箇条書きを作成しました.青の下線以外の部分は,児童Bが考えて追加したところです.4つ目の箇条書き「雷が木に落ちて,道路に木が倒れてしまう.」は,この児童が考えて追加した部分です.

 続いて児童Bは,台風の絵に視線を移し,「17m/sのものは台風と呼びます.」の箇条書きを書きました.記憶再生マップには,風速の単位をs/mと間違って表記していましたが,箇条書きでは,私が訂正しました.この「17m/s」は,指導内容ではありませんが,児童らが調べる過程で多くの児童が質問したこともあり,私が全体的な指導の中で,風が1秒間に17mも進むということを言いました.児童Bは,記憶再生マップを描く段階で,曖昧な記憶を記述したものと考えられます.しかしながら,それにしても,記憶再生マップの記述によって,授業で教師が指導した内容を想起したことは,素晴らしいことと考えています.その後は,記憶再生マップに記した緑,ピンク,黒の下線の部分を,トピックを見ながら記述しました.

 

 記憶再生マップについては,この児童の特徴である絵図による記述が挙げられます.例えば,第1ノード「台風の被害」からは,言語による記述の後で絵図を描いていますし,第1ノード「台風と天気」についても,言語を記述した後に絵図を描いています.

 一方で,第1ノード「台風の動き」では,先に台風の渦巻きと考えられる絵図を描き,「※台風です」と注釈を入れています.この部分は,教師に対するメッセージと考えられます.その後,この絵図から,台風の特徴と考えられる記述をしました.

 これらを見ると児童Bは,記憶再生マップを描いたときには,「台風の被害」の概念化ができていたように思えます.それは,第2ノードや第3ノードのトピックに確定した内容の文を書いているからです.このことは,箇条書き(b)が,台風の被害から書かれていることからも推測できます.

 一方,第1ノード「台風の動き」では,第2ノードに台風の渦を描いています.児童Bにとって記憶に留めていた台風の姿と考えられます.この絵を描いてから「南は,右回り」や「左回り」と関連付けていた知識を書き出しています.

 このように,児童が書いた箇条書きでも,記憶再生マップを同時に参照すれば,様々な内容を知ることができます.

 さて,この児童の箇条書きの変化を調べるために,KH Coderにより自己組織化マップを作成しました.

児童Bの箇条書き(a)の自己組織化マップ【左】と箇条書き(b)の自己組織化マップ【右】

 左が授業が終了した直後の箇条書き(a),右が1か月後に記憶再生マップを参照しながらの箇条書き(b)による自己組織化マップです.

 前にも書きましたが自己組織化マップは,その人がある事柄に関した情報をどのようにまとめているかを知る手立てになりますから,2つの自己組織化マップを見てみましょう.

 それぞれのクラスターに配置された言語と箇条書きを見比べて,学習終了直後(左側)と記憶再生マップを参照した1か月後(右側)の,児童Bのまとめの程度はどうでしょうか.

 クラスターに配置された言語の多さは,箇条書きの量の違いです.

 まず,左側から.クラスタa(以下;クラスターを省きます)には「台風」が配置されました.隣接するbcには,台風によって強風が吹いたり,大雨が降ったりするという意味が読み取れます.また,少し離れたeには,台風の目に関する意味が込められていることも分かります.同程度の距離にあるdは,台風の動きについての意味です.ところが,離れているfhは,「台風」と関連があるようには読み取れません.実際の箇条書きは,「日本では,左側に回る」,「木が倒れたりして,人々に被害」と書いているので,台風と直接関連がないと読み取れても仕方ありません.

 一方,右側では,「台風」は②の右端に配置されています.これと⑤は隣接して,風速「17m/s以上のものは台風と呼びます」という記述との関連が読み取れます.また,④,⑦,⑧は,台風の被害について,⑥は被害の要因や怖さについて書かれています.さらに,①は台風の動き,②は台風の目について,③は台風ができる場所について書かれています.これらは,台風の特徴と考えても差し支えないと思います.つまり,「台風」と言う言語を中心に中央から左側に特徴,右側に被害の内容がまとめられていることが分かります.

 この児童は,記憶再生マップを見ながら箇条書きを書きましたが,その内容が整理されたことが,この自己組織化マップによって分かります.

 今回は,ここまでです.いつもお読みいただき感謝申し上げます.

記憶再生マップの効果⑧

 今年の梅雨は,短いのかも知れません.毎日,暑い日が続いています.私が勤める小学校を含め武雄市の全部の小学校では,理科室,音楽室,図工室などの特別教室には,未だにエアコンが設置されていません.それなのに多目的室と呼ばれる教室には,エアコンが入っていたりします.全く不思議な設置基準です(^^;)

 今回は,前回同様に,単元の学習後に児童がまとめとして書いた箇条書き(a)と,その後記憶再生マップを描き,その1か月後にそれを参照しながら書いた箇条書き(b)をもとに,KH Coderでそれぞれ自己組織化マップを作成してみました.

 今回は,箇条書き(a)(b)でほぼ同じ表現と読み取れる部分に,マーカーで色を付けました.さらに,記憶再生マップもご覧頂きます.

 最初は,児童Aの箇条書き(a)(b)をご覧ください.この児童は,真面目に学習を行いますが,学習活動自体は積極的な方ではないのですが,成績は悪くないといった程度でした.

児童Aの箇条書き(a)と(b)

 この児童も,記憶再生マップを描いた1か月後の箇条書き(b)の方が,多く記述しています.記憶再生マップは,鉛筆の部分が記憶想起による記述で,赤ペンの部分は教科書や調べ学習で使ったノートを参照した記述になります.

児童Aの記憶再生マップ

 この児童の箇条書き(b)は,記憶再生マップを主に中心ノード側から読み,そのまま記述していることが多いように思います.この中で絵で描かれているのが,住所の西側に台風が来た絵と台風の左回りの絵,それに×印が付けてある絵ですが,これは何を意味するか分かりません.いずれにしても,記憶再生マップを描くことによって,箇条書き(a)を記述した時よりも多くの概念を獲得したように感じます.それにしても,記憶再生マップによる手がかり再生は,箇条書き(a)では書けなかった多くの隠れた知識などを表出させることに改めて驚くばかりです.

 さて,このような児童Aの箇条書きをもとに,KH Coderによって自己組織化マップを作成しました.

箇条書き(a)の自己組織化マップ【左】と箇条書き(b)の自己組織化マップ【右】

 左が箇条書き(a)の自己組織化マップです.クラスター④には言語が配置されていません.その他のクラスターには,意味が読み取れる言語が配置されました.例えば,①は台風の被害,②は台風が来た場合の影響,③は目に関することなどが書かれています.このようにクラスター毎に意味を与えることをコーディングと呼びます.この児童の箇条書き(a)の自己組織化マップは,比較的容易にコーディングを行うことができます.つまり,学習直後でもある程度は,知識を整理できていたというです.

 右は箇条書き(b)の自己組織化マップです.①は台風のでき方,②は台風の移動,③は台風の危険度,④は「飛ぶ」が基本形で配置されていますが,児童Aは未然形で書きました.また,「晴れ」は台風の目に関して記述したのですが,自己組織化マップでは,台風が近づくと飛行機が飛ばないという児童の表現を受けて,晴れたら飛ぶのように言語を配置しています.このことについては,もう少し調べる必要がありそうです.⑤~⑦は台風の特徴,⑧は台風の被害に関する内容が書かれています.

 このように見ると,児童Aは,記憶再生マップを描いたことで,1か月後でも,その内容を整理できていることが分かります.

 今回は,ここまでです.現在,学会の年会向けにプロシーディングをまとめています.終わりましたら,児童Bについて書きます.

 今回もお読みいただき,ありがとうございました.

記憶再生マップの効果⑦

 5月に運動会を行う学校が増えてきました.本校も5/22()が運動会でした.このところ5月に行っても,夏休み明けに行うのと同じように暑い日が続き,5月開催の意義が薄れているようです.

 さて,今回も記憶再生マップの効果について紹介します.

 これは,「記憶再生マップを利用した箇条書きの変化と自己組織化マップによる判定法の開発」に記されている自己組織化マップについてです.

 自己組織化マップ(SOM)は,分かりやすく言えば,ある情報を与えた場合の人間の脳が情報を整理して保存する様子をモデル化したものと言われています.だから,それを見るとその人がある事柄に関する情報をどのようにまとめているかを,何となく知ることができます.

このことは,学校教育にとってはsensationalなことです.

 これまではテストを行い,その得点によってその人の理解の具合を推し測っていました.つまり,問題が解けるかどうかが問題なのです.小学校でも,その問題が解ければいいのですから,単元の学習が終了した直後にテストを行ったり,練習問題をした後に本番を行ったりしています.極めつけは,4月に行われる学習状況調査の前には,過去問を解かせて慣れさせた後に本番を行うなど様々です.このようなことで,日本の学力は維持されています.このやり方も一理あって,同類の問題に慣れることは,確かに学力のような気がします.

 今回の内容は,学習が終了した直後に児童が書いた箇条書きから作成した自己組織化マップと,その後に描いた記憶再生マップを参照して書いた箇条書きから作成した自己組織化マップを比較します.以前も同様の記事を書きましたが,今回は学習内容の理解が早い児童と色々なことに拘りがあるが丁寧に記憶再生マップを描く児童の記憶再生マップを見ていきます.つまり児童の特性によって,自己組織化マップは,どのように変わるかというテーマです.

最初は,色々なことに拘りがあるが丁寧に記憶再生マップを描く児童です.この児童が書いた箇条書きは,学習終了直後は,箇条書き(a)で示したように,4つの文のみでした.

色々なことに拘りのある児童が書いた箇条書き

 その内容も,学習直後にしては,自身が学習で気になったと考えられる内容のみです.最初に書いた文が,台風一過に関するもので,多くの学習内容を整理できていないことが分かります.一方,一か月後に記憶再生マップを見ながら書いたのが右側の箇条書き(b)です.明らかに表現の質が上がっていることが分かります.それと,左側にはなかった「台風の被害」に関する記述が増えています.

 この2つの箇条書きをKH Coderで処理し,自己組織化マップを作成しました.

色々なことに拘りのある児童の自己組織化マップ

 左が学習が終了した直後の情報の整理具合で,右が一か月後の情報の整理具合と考えられます.これを見ると,評価テストを受けるときは左のような状態ということになります.このことから考えられることは,児童の情報の整理具合は,記憶再生マップを描いたり見たりすると変化するということです.

 次に,学習内容の理解が早い児童ではどのようになるかを見ていきましょう.

この児童の箇条書きの変化です.

理解力のある児童が書いた箇条書き

 この箇条書きを読み比べても,その質の違いにあまり気づきません.つまり,この児童は,学習終了後でも多くの知識を保持していたことになります.

 これらから得られる自己組織化マップは,このようになります.

理解力のある児童の自己組織化マップ

 これを見ると,学習終了後でも学習によって得られた情報がきちんと整理されていることに気づきます.さらに,右側の一か月後に書いた箇条書き(b)による自己組織化マップは,新たな情報が整理されていることに気づきますが,整理具合はしっかりしたものです.つまり,理解力のあると捉えられる児童の脳は,このように情報を上手く整理していると言えます.だから,教師の質問にも的確に答えられるのです.

 なお,詳しい内容は,

researchmap.jp

をお読みください.

 今回は,これで終わります.ここまでお読みいただきありがとうございました.

 次回は,今回の流れで,様々な児童の自己組織化マップの変化を紹介したいと思います.

記憶再生マップの効果⑥

 今回は,前回のBさんの記憶再生マップとそれを見ながら書いた箇条書き(b)についてです.

何をするかと言えば,箇条書きは順番に書かれたものですから,Bさんが記憶再生マップをどのような順で見たかということを検証してみます.

 次の図の記憶再生マップに付けられている〇や楕円は,Bさんが箇条書きに取り上げたノードです.

記憶再生マップと箇条書きの関係

 この図で,手書きの数字(赤文字)とテキストの数字は10番の箇条書きの前半までは対応しています.10番の箇条書き後半は手書きの11番,最後11番の箇条書きは手書きの12番と対応しています.

 もう一度確認しておきますが,この記憶再生マップは1か月前に描いたものです.そして,記憶再生マップを参照しながら書いた箇条書きがこれです.その間,記憶再生マップは児童の手元にはなく,台風に関係した学習もしていません.ほとんど記憶再生マップを描いたことも,忘れている状態でした.

 この児童は,赤の1番を参照してテキスト1番の箇条書きを書き始めました.次に,台風の被害について,多くの絵を描きましたがそれらをまとめて台風が人間の生活に被害をもたらすと記述したのです.これは,上位概念ですので概念化が促進されたと考えられます.ところがこの後,この児童は記憶再生マップには描いていない知識(風速17m/s等)を突然書き出しています.小学校の理科では,この知識は指導内容にありませんが,授業の中で調べた内容を1か月間も記憶していたようです.それは,台風が様々な被害をもたらすという怖さやその風力の大きさに心動かされたことが原因なのかもしれません.学習において驚いたり,感動したり,気づいたりなど,情意面で心が動くことは学習を理解するためには大切なことです.従って,この児童は,大きな被害をもたらす台風の原因として,この17m/sという風速を書き自分自身のまとめとしたと考えられます.

 次に,赤の4番に目を移し台風が通り過ぎたら晴れるという記述をしたところで,青の5番である台風一過という表現を記述しました.これも1か月間ずっと記憶していた概念です.その他にも,青の8番と10番の知識を適切に記述しました.

 これらの事は,過去に記述した記憶再生マップを読むという学習行動が,児童自身が記憶していたこの学習に関連する事柄に対してアプローチしたことの証明になりますが,おそらくこのような記憶想起は,概念化されていれば無意図的に行われます.このアプローチは,関係性の気づきがキーワードになると思います.

 このように青の数字で示した内容のような記憶は,おそらくはもっと沢山あると考えられますが,想起の機会がない場合は,自然と消去されていくのでしょう.記憶再生マップは,この例のように,それを読むことで関連する概念を表出させることができることが示されたと言えます.

 記憶再生マップを描かせたのなら,時々は,それを利用すると様々な関係する知識等が消去されずに記憶の中に留まることができるかもしれません.今回は,記憶再生マップが潜在記憶の顕在化に対して有効であることの一例を紹介しました.次回も,記憶再生マップの効果について紹介していきたいと思います.

 ここまでお読みいただきまして感謝申し上げます.

 学校現場は,新年度になり授業も始まっていますが,日々楽しく授業をしています.何かお気づきの点などありましたらお知らせ頂くと幸いです.

記憶再生マップの効果⑤

 今回も前回と同様に記憶再生マップを描くことで,記憶想起のみで書いた箇条書きよりも深い内容を書くことができることを自己組織化マップの結果を示しながら説明します.

 

 Bさんの箇条書き(a)

1.台風の目の下は晴れている。

2.台風は,大雨を降らせたり,強風を吹かせたりする。

3.台風が,離れた後は100%と言えるほど晴れる。

4.南から北へ動く。

5.左回り,12月,1月,6月の台風は,まっす進んで行く。

 

 Bさんは,学習直後にこの程度の箇条書きしか書けませんでした.

 最も記憶に残ったことは,最初に記述した台風の目についてです.よほど印象深い内容だったのでしょうね.台風に対する普通の印象は,大雨と強風ですから,2番目にそのことを書いたようです.そして,台風が去った後は,天気が良くなるということが記憶に残ったようです.最後に,北半球での台風の回転方向と考えられる左回転という表現と,12月,1月,6の台風がまっすぐ進むという間違った概念を書いています.こんなことも当然あるわけです.

 

この箇条書き(a)SOMがこれです. 

Bさんの箇条書き(a)のSOM

 さて,SOMを見ていきますとこの児童のこの時点での考えが見えてきます.

 このような質的データではコーディングという手法で,データを読み取っていきますが,前回は,それぞれのクラスターにテーマとして「特徴」と「被害」というテーマを与えて読み取っていきました.今回も同様のコードを中心にテーマを与え読み取ることにしました.まず,「特徴」というコードをクラスターテーマとして与えたところ,全てのクラスターのテーマが「特徴」という結果になりました.ただし,左上の3つのクラスターは,3つで台風と晴れの関係を記述しています.つまり,晴れるという言語が記述された灰色のクラスターの原因とも呼べる関係性がそれを挟む肌色とピンクのクラスターということになります.従って,この3つのクラスターで「特徴」というテーマになりました.

 これを見ますとこの児童は,5つしか箇条書きを書いていませんが,12月,1月,6月の記述を除き,だいたい学んだことの整理はできているようです.

 

 その2日後,この児童が描いた記憶再生マップがこれです.

 

Bさんの記憶再生マップ

 当時私は理科の指導をしていましたので,Bさんの箇条書き(a)を見たとき,なぜこの程度しか書けないのだろうと思っていました.実はBさんは,学習した内容をよく理解する児童だったからです.

 ところが,Bさんが描いた記憶再生マップを見て,さすがBさんと思いました.びっくりしたところは,台風のでき方を絵で表現しているところです.これは,学習内容ではありませんが,調べ学習によって学んだ知識です.それと,台風の被害も絵を多用しています.

 では,この絵は誰の為に描いたのでしょうか.実は,Bさん自身が納得するために自分に対して描いたと考えられます.例えば,「木が折れる」と記述した後,その様子の絵を描いて「確かにそうだ」と納得していると考えられます.友達や教師に対して描いているのではないかと疑いたくなりますが,そもそも記憶再生マップは自分の考えをまとめるために描いているものですから,他者に説明しているとは考えにくいのです.

 

 それから1か月後に書いたの箇条書き(b)は,(a)よりも詳しくなっていました.

 

1.台風は,まず,西に動き次に北や東に動く。

2.台風は,人間の生活に被害をもたらす。

3.台風は,風速17m/s以上のものをいう。

4.台風が通り過ぎると,ほとんど晴れる。

5.そのことを「台風一過の青空」と言う。

6.台風の出来方は,まず水蒸気が発生し,水蒸気が集まり渦が発生し,渦が成長し台風になる。

7.台風の周りは,大雨が降っている。

8.台風の周りは,強風が吹く。

9.台風の目の下は,晴れている。

10.赤道より上の台風は,反時計回り。

11.右の方,東の方が風が強い。

 

 この箇条書き(b)SOMがこれです.

Bさんの箇条書き(b)のSOM

 次に箇条書き(b)SOMを分析してみました.

 このSOMに対するコーディングとしては,「特徴」と「被害」だけではクラスターテーマが与えられないと考えましたので,左下のクラスターには「でき方」というテーマを与えました.このSOMは箇条書き(b)11個の文で構成されているので,複雑な構成になっています.記憶再生マップを描いたBさんの脳内にある意味マップがずいぶん複雑になった証拠です.しかも学習が終了して1か月後の話です.また,()()クラスターは,位置こそ離れていますが,台風一過に関してつながりがあります.さらに,()クラスターは,箇条書き(a)SOMの①~③のクラスターにある言語が,集約されていることに気づきます.結果的に記憶再生マップを描いたことで,Bさんの概念形成が促進されたと考えられると思います.

 実は,Bさんの例ではこれ以外にも,記憶再生マップの効果でお伝えしたいことがありますが,次回をお楽しみに.

 今回もお読みいただき感謝いたします.ありがとうございました.

記憶再生マップの効果④

 前回の書き込みからもうすぐ1か月になります.

 さて今回は,記憶再生マップの効果④ということで,1人の児童の箇条書きをKH Coderの自己組織化マップ(SOM)テキストマイニングした結果についてです.

 ただ,しだいに話が込み入ってきます,ご了承ください.(^^;)

簡単に言えば,児童が書いた箇条書きをもとに,児童がその時点でどのように理解しているかを,見て分かるように表示させたということです.SOMは,人間が,ある事柄を理解していくときに脳(大脳)が分化しながらその機能を無意識的に向上させていくことをモデル化したものと言われています.ですから,SOMを見ればその時点での児童の理解の程度が,モデル化された意味マップとして読み取れることになります.

 学校で児童の書いた箇条書きのような文字情報は,児童が何を書いているかという意味が重要です.だから教師はそれを読んで児童の意図を知ることになります.これは,学習の評価ということですが,実はこれが結構大変な作業で,ある程度時間をかけなければ,全ての文章を隅から隅まで読み取ることはできません.従って普通は,評価する表現などを決めて,短時間で読み取っていくことが多いように思います.ここで紹介している箇条書きは手書きでしたので,テキストと異なり,誤字脱字や丁寧さも重なって,全員分を読むのに結構時間がかかりました.また,児童によっては,非常に多くの箇条書きを書く児童もいて,前に読んだ幾つかは忘れてしまいました.

 そのような時,テキスト化に係る手間は別として,テキストマイニングのソフトウェアで,何が書かれているかを知ることが出来たら評価に係る時間が大幅に減り,また,内容面でも客観的に評価できるようになり便利だと思います.

 今回紹介する記憶再生マップの効果は,ある児童の箇条書き(a)(b)をテキスト化してKH Coderに読み込ませ,それぞれの自己組織化マップ(SOM)を作成し比較したものです.SOMについての詳しい説明は,

自己組織化マップ - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)

をご覧ください.

 SOMは,文章中の言語(特に名詞,動詞等)の中で,関連性のあるものどうしを同じ領域の近い位置に配置した意味マップを作成します.この意味マップを見ることで,児童の書いた箇条書きなどの文章がどのような意味を記述しているかを読み解くことが可能になります.もちろん,一人の箇条書きでしたら,そのまま読めば何が書かれているか分かりますが,学級全員の箇条書きを読んで学級全体としてどの様な理解をしているかなどは,今までは分からないままでした.

 今回は,まず一人の児童が記憶想起のみで書いた箇条書き(a)と,記憶再生マップを参照しながら書いた箇条書き(b)SOMを見ていきたいと思います.

なお,関連記事の記憶再生マップの効果③を読んでいただくと,箇条書き(b)(a)1か月後に書かれたことが分かります.なお,KH Coderに読み込ませる前に,ひらがな表記は漢字に変換しています.

 児童Aさんの箇条書き(a)は,これです.

 

1.台風は,大雨や強風をもたらす.

2.台風の近くは,雨や風が吹きますが,遠くでも台風が影響して雨が降るときもあります.

3.また,台風の右側の方が雨や風が強いです.

4.台風は,日本では左回りです.

5.しかし,南半球では右回りです.

6.台風は南から北に動きます.

7.台風の雨で,土砂崩れが起きたり,川が氾濫したりする.

8.台風の風で,瓦が飛んだり木が折れたりします.

 

 この箇条書きを読むと,最初に台風について知っている事柄を書いています.13は,風雨についての記述です.その後,45で台風の回転について記述し,6の移動と78の被害と続きます.

 そこでKH CoderSOMを作成したら,次のようにグループ分けされました.

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Aさんの箇条書き(a)のSOM

 分かりやすくするために,それぞれの領域(これをクラスターと呼びます)に,台風の「特徴」,台風の「被害」というラベル(これをクラスターテーマと呼びます)を付けています.また,実際の箇条書きの内,どの言語がSOMに取り入れられたかを赤のアンダーラインで示しています.

 箇条書き(a)は,主に台風の特徴と被害について書いていましたので,それぞれの文が8つのクラスターに配置されました.クラスターの数が8なのは,KH CoderSOMを作成するときの初期値です.たまたま,文の数が8つだったので1クラスターに1文が入りました.

SOMのこのような表記は,この児童の理解の様子を表していると考えられます.

今回の設定では,複数の文に表れた同一の言語は,1つのクラスターにしか配置されません.例えば,5の「回り」という言語です.4にもありますが,同じ位の距離を保って5の文の方に配置されました.

 問題は,78の文です.ともにクラスターテーマは「被害」ということですが,SOMは隣接させないで対角の位置に配置しました.SOMでは,意味的に近い言語は隣接するクラスターに含まれますので不思議です.ただ,7クラスターが2クラスターに含まれる「雨」と近い位置にありますので,水による被害という意味で7クラスターと隣接しているようです.同様に,8クラスターは,3クラスターに含まれる「風」と近い位置に配置されました.これは風による被害です.

 SOMに詳しい先生によれば,2次元平面表記になった時点で離れたが,元々はこの2つは球体としてはつながっているということです.

 ここまでをまとめると,Aさんは箇条書き(a)を書いた時点では,ある程度明確に特徴を理解していたが,台風による被害については,個別の事象として理解している程度だったということです.

 

 Aさんは,次のような記憶再生マップを描きました.そして,1か月後にこのマップを見ながら箇条書き(b)を書いたのです.

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Aさんの記憶再生マップ


 

 Aさんは,このような記憶再生マップが描けるので,一般的には理解力のある児童ということになります.赤ペンで書いたところは,この記憶再生マップを描いた後に教科書やノートと照合し,内容を追加したり,誤概念を自ら修正した箇所になります.

 次に,児童Aさんの箇条書き(b)を見てみましょう.番号は,Aさんが書いた順番通りに付けたものです.

 

1.台風の影響で強い風や強い雨が起こります.

2.また,風が17m/s以上のものを台風といいます.

3.台風の雨で土砂くずれや川の氾濫が起きます.

4.台風の風で瓦や看板が飛びます.

5.これらはとても危険です.

6.これらを防ぐには,瓦が飛ばないように業者に頼みましょう.

7.また,台風の目は晴れています.

8.台風は日本付近では左回りです.

9.台風はおもに南から北に動きます.

10.偏西風で動きます.

11.しかし,台風は被害だけではありません.

12.ダムに水が溜まり水不足になりません.

13.この台風にも備えはあります.

14.例えば木が折れないようにするには,支柱を立てたり,植木鉢が飛ぶのを防ぐには家にしまうのです.

15.つまり台風は備えれば大丈夫なのです.

 

 これを読むと,16までは台風の影響による被害関係の知識が書かれています.

 さらに710は,台風の特徴に関する記述です.また1112は,台風の恩恵について書いていますし,最後は1315で,台風への備えについて書いて締めくくっています.

 

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Aさんの箇条書き(b)のSOM

 これを見ると,箇条書き(a)SOMに比べて複雑になっていることに気づきます.そして何となくですが,右側に「被害」に関する言語が含まれる領域(クラスタ)が,互いに接して配置されたことが読み取れますね.それと,台風の「特徴」に関する言語に関するクラスターは少なくなりましたが,左の方に集まっています.さらに被害に対する対策と台風の恩恵などの新たな概念が形成されていることに気づきます.このような概念の配置が,この時点でのAさんの理解の程度として読み取れたことになり,それは記憶再生マップを1か月前に描いたことが原因となり,それを参照しながら「被害だけではない」ことと,「備えれば大丈夫」という考えに至ったということです.

 児童の理解はこのようにして,確実なものに変化していくということでしょうか.それが,SOMを作成することで分かるようになってきたということです.

 ずいぶん長くなりましたので,今回はここで終了します.分かりにくい内容でしたが,お読みいただきありがとうございました.次回は,別の児童の結果も見ていきたいと思います.

 

記憶再生マップの効果③

 前回の書き込みを多くの方に読んでいただき感謝しております.

 今回は,記憶再生マップの効果③です.

 今回から読み始めた方に,簡単に記憶再生マップの紹介をします.記憶再生マップとは,自身の記憶にある内容を描いて表現するものです.その際,教師から提示されるのは,このような形のマップです.中心ノードには,単元名が書かれています.また,第1ノードには,小単元名や授業の様子を連想させ中心ノードの単元名と関連付ければ,授業の様子を想起させられる言葉を書きます.

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記憶再生マップの基本構造

 過去の授業の例で言えば,中心ノードが「もののとけ方」のときに,第1ノードの1つを「取り出し方」とした時があります.授業をされたことのある先生方でしたら,この関連付けにはお気づきだと思います.この場合の「取り出し方」とは,水に溶けた食塩やミョウバンなどをどのようにした取り出すかということです.ですから,このノードからは,水溶液の水を蒸発させて取り出す方法や,水溶液を冷やして溶けきれなくなった食塩などを取り出す方法を記述します.

 さて,今回紹介する記憶再生マップの効果ですが,箇条書きの数です.

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記憶想起による箇条書き

 まず,学習後すぐに28名の児童が書いた箇条書き(a)の総数は124文でした.一人当たりの平均で言えば,4.4文程度の文章を書いたことになります.学習直後なのに少ない印象です.もっと書けるかと思いましたが,どうも学習した知識を整理できていない感じです.まあ,納得していない自分自身に落とし込んでいない知識については,書けないということでしょう.普通の授業は,ここでおしまいになり,テスト(業者が作成)を行って全ての学習が終了します.

 ところが,ここで紹介する授業はここで終わりではなく,この後に記憶再生マップを描き,その後にテストとなりました.

 児童には,これで学習が終了したと思わせて,次の単元の授業に入りました.しかし教師としては,学習した内容をずっと記憶していてもらいたいのです.そこで,約1か月後の理科の授業で,私が預かっていた記憶再生マップを配付しました.児童は1か月ぶりに,自分が描いた記憶再生マップと再会したことになります.次に,「自分の記憶再生マップを見ながら,分かったことを書いてください」と言ったところ,児童は困惑することもなく一気に箇条書き(b)を書いたという感じです.

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記憶再生マップを参照して書いた箇条書き

 その結果ですが,1か月後に記憶再生マップを参照しながら書いた箇条書き(b)の数は240文でした.一人当たり,平均で8.6文程度の文章を書けるようになったということです.

 初めは,記憶再生マップを描いてから1か月も経っているので「分かるかな」と思っていましたが,児童の書いた箇条書きを調べると,驚くことに記憶再生マップには記述していないが学習に関係する内容までも,箇条書きとして記述した児童もいました.ということは,絶対に記憶再生マップを描かせた方がよいことになります.

 ここらあたりの事は,記憶の事と関係してきますので,次のページを参照して頂くとよく分かります.

記憶固定化 - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)

 今回は,授業のまとめとしては,じっくりと記憶再生マップを参照させながら分かったことを書かせた方がいいということを書きました.ついでですが,箇条書き(a)(b)の品詞数(名詞,動詞,副詞,形容詞)は,(b)(a)の約1.5倍多いという結果でしたが,それぞれの比率は(a)(b)も変わりありませんでした.

 今回の内容は,

古川 美樹 (FURUKAWA YOSHIKI) - 意味ネットワーク・モデルとしての記憶の再生マップで想起した箇条書き文章の自己組織化マップによる分析 - 論文 - researchmap

を見て頂くと詳しく分かります.

 次回は,一人の児童の箇条書きに焦点を合わせて,SOM(自己組織化マップ)で処理した結果について見ていきたいと思います.

ここまでお読み頂き,ありがとうございました.