前回の書き込みからもうすぐ1か月になります.
さて今回は,記憶再生マップの効果④ということで,1人の児童の箇条書きをKH Coderの自己組織化マップ(SOM)でテキストマイニングした結果についてです.
ただ,しだいに話が込み入ってきます,ご了承ください.(^^;)
簡単に言えば,児童が書いた箇条書きをもとに,児童がその時点でどのように理解しているかを,見て分かるように表示させたということです.SOMは,人間が,ある事柄を理解していくときに脳(大脳)が分化しながらその機能を無意識的に向上させていくことをモデル化したものと言われています.ですから,SOMを見ればその時点での児童の理解の程度が,モデル化された意味マップとして読み取れることになります.
学校で児童の書いた箇条書きのような文字情報は,児童が何を書いているかという意味が重要です.だから教師はそれを読んで児童の意図を知ることになります.これは,学習の評価ということですが,実はこれが結構大変な作業で,ある程度時間をかけなければ,全ての文章を隅から隅まで読み取ることはできません.従って普通は,評価する表現などを決めて,短時間で読み取っていくことが多いように思います.ここで紹介している箇条書きは手書きでしたので,テキストと異なり,誤字脱字や丁寧さも重なって,全員分を読むのに結構時間がかかりました.また,児童によっては,非常に多くの箇条書きを書く児童もいて,前に読んだ幾つかは忘れてしまいました.
そのような時,テキスト化に係る手間は別として,テキストマイニングのソフトウェアで,何が書かれているかを知ることが出来たら評価に係る時間が大幅に減り,また,内容面でも客観的に評価できるようになり便利だと思います.
今回紹介する記憶再生マップの効果は,ある児童の箇条書き(a)と(b)をテキスト化してKH Coderに読み込ませ,それぞれの自己組織化マップ(SOM)を作成し比較したものです.SOMについての詳しい説明は,
自己組織化マップ - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)
をご覧ください.
SOMは,文章中の言語(特に名詞,動詞等)の中で,関連性のあるものどうしを同じ領域の近い位置に配置した意味マップを作成します.この意味マップを見ることで,児童の書いた箇条書きなどの文章がどのような意味を記述しているかを読み解くことが可能になります.もちろん,一人の箇条書きでしたら,そのまま読めば何が書かれているか分かりますが,学級全員の箇条書きを読んで学級全体としてどの様な理解をしているかなどは,今までは分からないままでした.
今回は,まず一人の児童が記憶想起のみで書いた箇条書き(a)と,記憶再生マップを参照しながら書いた箇条書き(b)のSOMを見ていきたいと思います.
なお,関連記事の記憶再生マップの効果③を読んでいただくと,箇条書き(b)が(a)の1か月後に書かれたことが分かります.なお,KH Coderに読み込ませる前に,ひらがな表記は漢字に変換しています.
児童Aさんの箇条書き(a)は,これです.
1.台風は,大雨や強風をもたらす.
2.台風の近くは,雨や風が吹きますが,遠くでも台風が影響して雨が降るときもあります.
3.また,台風の右側の方が雨や風が強いです.
4.台風は,日本では左回りです.
5.しかし,南半球では右回りです.
6.台風は南から北に動きます.
7.台風の雨で,土砂崩れが起きたり,川が氾濫したりする.
8.台風の風で,瓦が飛んだり木が折れたりします.
この箇条書きを読むと,最初に台風について知っている事柄を書いています.1~3は,風雨についての記述です.その後,4~5で台風の回転について記述し,6の移動と7~8の被害と続きます.
そこでKH CoderでSOMを作成したら,次のようにグループ分けされました.
分かりやすくするために,それぞれの領域(これをクラスターと呼びます)に,台風の「特徴」,台風の「被害」というラベル(これをクラスターテーマと呼びます)を付けています.また,実際の箇条書きの内,どの言語がSOMに取り入れられたかを赤のアンダーラインで示しています.
箇条書き(a)は,主に台風の特徴と被害について書いていましたので,それぞれの文が8つのクラスターに配置されました.クラスターの数が8なのは,KH CoderでSOMを作成するときの初期値です.たまたま,文の数が8つだったので1クラスターに1文が入りました.
SOMのこのような表記は,この児童の理解の様子を表していると考えられます.
今回の設定では,複数の文に表れた同一の言語は,1つのクラスターにしか配置されません.例えば,5の「回り」という言語です.4にもありますが,同じ位の距離を保って5の文の方に配置されました.
問題は,7と8の文です.ともにクラスターテーマは「被害」ということですが,SOMは隣接させないで対角の位置に配置しました.SOMでは,意味的に近い言語は隣接するクラスターに含まれますので不思議です.ただ,7のクラスターが2のクラスターに含まれる「雨」と近い位置にありますので,水による被害という意味で7のクラスターと隣接しているようです.同様に,8のクラスターは,3のクラスターに含まれる「風」と近い位置に配置されました.これは風による被害です.
SOMに詳しい先生によれば,2次元平面表記になった時点で離れたが,元々はこの2つは球体としてはつながっているということです.
ここまでをまとめると,Aさんは箇条書き(a)を書いた時点では,ある程度明確に特徴を理解していたが,台風による被害については,個別の事象として理解している程度だったということです.
Aさんは,次のような記憶再生マップを描きました.そして,1か月後にこのマップを見ながら箇条書き(b)を書いたのです.
Aさんは,このような記憶再生マップが描けるので,一般的には理解力のある児童ということになります.赤ペンで書いたところは,この記憶再生マップを描いた後に教科書やノートと照合し,内容を追加したり,誤概念を自ら修正した箇所になります.
次に,児童Aさんの箇条書き(b)を見てみましょう.番号は,Aさんが書いた順番通りに付けたものです.
1.台風の影響で強い風や強い雨が起こります.
2.また,風が17m/s以上のものを台風といいます.
3.台風の雨で土砂くずれや川の氾濫が起きます.
4.台風の風で瓦や看板が飛びます.
5.これらはとても危険です.
6.これらを防ぐには,瓦が飛ばないように業者に頼みましょう.
7.また,台風の目は晴れています.
8.台風は日本付近では左回りです.
9.台風はおもに南から北に動きます.
10.偏西風で動きます.
11.しかし,台風は被害だけではありません.
12.ダムに水が溜まり水不足になりません.
13.この台風にも備えはあります.
14.例えば木が折れないようにするには,支柱を立てたり,植木鉢が飛ぶのを防ぐには家にしまうのです.
15.つまり台風は備えれば大丈夫なのです.
これを読むと,1~6までは台風の影響による被害関係の知識が書かれています.
さらに7~10は,台風の特徴に関する記述です.また11~12は,台風の恩恵について書いていますし,最後は13~15で,台風への備えについて書いて締めくくっています.
これを見ると,箇条書き(a)のSOMに比べて複雑になっていることに気づきます.そして何となくですが,右側に「被害」に関する言語が含まれる領域(クラスター)が,互いに接して配置されたことが読み取れますね.それと,台風の「特徴」に関する言語に関するクラスターは少なくなりましたが,左の方に集まっています.さらに被害に対する対策と台風の恩恵などの新たな概念が形成されていることに気づきます.このような概念の配置が,この時点でのAさんの理解の程度として読み取れたことになり,それは記憶再生マップを1か月前に描いたことが原因となり,それを参照しながら「被害だけではない」ことと,「備えれば大丈夫」という考えに至ったということです.
児童の理解はこのようにして,確実なものに変化していくということでしょうか.それが,SOMを作成することで分かるようになってきたということです.
ずいぶん長くなりましたので,今回はここで終了します.分かりにくい内容でしたが,お読みいただきありがとうございました.次回は,別の児童の結果も見ていきたいと思います.