記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

記憶再生マップの効果②

 

 あっという間に前回から1か月です.この間,学会に投稿した論文が,分かりづらかったらしくリジェクトされて来ましたので,分かりやすく書き直していました.(^ ^;)

 さて,今回は,記憶再生マップの効果②として,これまでの知見を整理して分かりやすく紹介したいと思います.

 自分もこれまでの研究が少々複雑で,どの論文にどのようなエビデンスが得られたのかを空で言う自信がありません.従って,書き直している論文では,これまでの研究経過を図にしてみました.今回紹介する内容は,この中のいくつかです.

 これからの説明を分かりやすくするために,記憶再生マップの効果①で紹介した「学習直後の箇条書き」を「箇条書き(a)」とし,「1か月後の箇条書き」を「箇条書き(b)」とします.

 最初のエビデンスは,2018年の論文で紹介している,「箇条書き(a)は,単純な共起関係のリンク構造が見られたが,箇条書き(b)では,因果関係を含む複雑な共起関係のリンク構造が現れた.」というものです.これは,全児童分(28)の箇条書きを対象に共起ネットワークを作成した結果です.ただし,ここの「複雑な」という部分が,主観的であり,何を以て複雑かということが問題となります.実際に,その共起ネットワークをご覧ください.

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箇条書き(a)の共起ネットワーク (N=28)

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箇条書き(b)の共起ネットワーク (N=28)

 このような図を初めてご覧になった方もいらっしゃると思いますので説明します.まず,児童が書いた箇条書きは手書きで,そのデータを直接は扱えませんから,全てテキストにします.つまり,ワープロでひたすら書き写すことになります.その際児童は,分からない漢字は当然ひらがなで書きますから,漢字に変換できるものについては全て漢字表記にします.また,言語の使い方等についても,児童の書いた意図から外れないように正しい表現に変えてあげます.このようにすることで,テキストデータを処理できるKH Coderというソフトウェアがテキストデータを正しく使えるようになります.このソフトは,立命館大学の樋口耕一先生が開発したテキストマイニングのためのフリーソフトで,テキスト化された文章なら簡単に処理を行うことができます.次に,このソフトウェアでできることを説明しますが,色々ありすぎて自分もまだ使っていない機能については省略します.

 まずは,入力したテキストデータを名詞や動詞,形容詞や副詞などの種類に自動で分類して(=形態素解析と言います)品詞ごとの数を集計できます.ですから,最も児童が使った言語は何かなどは一発で分かってしまいます.ちなみに,ここで紹介しているデータの中で,児童が最も使った言語は,「台風」という言語です.学習が台風の事なので当然ですね.また,そのファイルで,対象となる言語が何回出現しているかなどもすぐに確認できます.

 さらに,言語と言語が共起する割合をノードリンク構造で示す共起ネットワークを簡単に作成してくれます.ここで共起とは,自然言語処理の中で,ある言語と言語が同時に出現することです.例えば,「学校」という言語は,「行く」という言語と同時に使う場合が多いので,共起ネットワークを作成すれば,「学校」と「行く」はリンクでつながっていることが多いです.一方で,「学校」と「飛ぶ」はあまり共起することはないのでリンクでつながることはなさそうです.

 次に,言語群の特徴を調査するのに使われるのが,自己組織化マップというものです.これについては,別の機会に説明します.

 さて,今回紹介する記憶再生マップの効果ですが,共起ネットワークです.箇条書き(a)と(b)の共起ネットワークの違いは,共起関係の違いです.具体的に見ていきましょう.まず,(a)の方では共起関係が見られない言語が(b)では,共起していることが分かります.

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箇条書き(a)で共起していない言語群

 これらは,共起関係になく,「木が倒れたり,飛ばされたりする」などの文章が単独で書かれています.また,「(台風が来ると)風や雨が強い,強風が吹くや大雨が降る」などの台風が来ることに対する結果として気象現象が単独で書かれていることが分かります.

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箇条書き(b)で共起している言語群

 

 一方,記憶再生マップを参照して書いた箇条書き(b)では,これらの語群が共起していることが分かります.これは,「(台風が来ると)雨や風が強くなり,木が倒れたり飛ばされたりする」という文章を児童たちが書いたことを示しています.

 これはほんの一例ですが,よく見てもらえれば他にもあります.このようなことから,箇条書き(a)よりも(b)の方が,表現に利用される言語の数が増え,因果関係を含む複雑な共起関係の群が現れるようになったと結論付けました.

 ほんのひとつの事例ですが,共起ネットワークを作成すると,児童たちがどのような文章を書いたかが分かるということになります.KH Coderが無ければ,このような結果を導くことは不可能と言っても過言ではないと思います.

 今回もお読みいただきありがとうございました.論文の修正が済みましたら,次のエビデンスについて書きたいと思います.

 なお,今回の記事の元データは,以下の論文になりますので,併せてご覧いただけると幸いです.

古川 美樹 (FURUKAWA YOSHIKI) - 小学校理科における意味ネットワーク・モデルの参照により児童が書いた箇条書きの特徴に関する研究 - 論文 - researchmap