記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

授業のことをもっと思い出そう.(理解と脳の関係)

 今回は,意味を持つ言語のイメージが脳内でどのように配置されているかを考えてみたいと思います.これは5月4日の記事で予告した内容です.まず話の前提として,この話のルーツは,2018年6月に公開された自分の博士論文「小学校理科教育における指導方略の研究-意味ネットワーク・モデルとその発展型を用いた知識構成-」にあります.ちなみに,放送大学リポジトリに限れば,この論文のダウンロード数は,6月末で国内外から2152回に達しています.博士論文なんて普通読まないと思うけど・・・・.

 このブログを初めてお読みになる方は,5月4日の記事を読んでもらえば,つながりやすいと思います.しかし,それでも時間がない方の為に,簡単に整理します.

 児童らは,授業で分かったこと,理解したことを言語で表すことができます.教師は,その文章の内容を読んで評価します.普通ならここで終わりです.もし,児童が書いた文章の内容が学級全員分であって,学級全体としてどのように理解したかを知りたい時には,全て読み終わる頃には,多くの記述を忘れていることが考えられ正確には評価できません.ですから,KH Coderなどのテキストマイニングができるソフトウェアに処理を頼むわけです.共起ネットワークと呼ばれる,単語の関係性を可視化するツールです.(下図)

 この図で,言語が集まったり,または線でつながったりしている言語などがあります.そのような言語どうしは,同じ文章で使われている言語と考えられ,読めば意味を理解することができます.このようにして,全体としてどのような意味が,もともとの文章に書かれていたかを推測することができて,学級全体として児童らがどのように学習を理解したかを読み取ることが可能になります.これが共起ネットワークの話でした.

 そこで,この共起ネットワークですが,学級全員の書いた文章を解析しましたので,学級を有機体と考えてみると(実際は無いのですが),その脳は,このような概念の配置になっていると結論付けてもよいと考えています.例えば,この集団で最も議論が活性化すると思われるのは,水の三態変化(水色のノードの集合体)であると言えます.

 そこで,実際の脳ではどうだろうかという話題が今回のテーマですが,宇宙のことと同じで,まだよく分からない部分があります.しかし教育は,まさに日々脳に対して働きかけている訳で,少しは教員自身も理解していないと上手く指導できません.従って,我々教員としては,児童・生徒の学習を,脳の機能や仕組みを頭の片隅において,どのように捉えれば日々の授業が分かりやすくなるかということで,お話をさせて頂きたいと思います.

 ちなみに初歩的な問題ですが,脳内に言語が配置されていないことはお分かりいただけるでしょう.しかし先生方の中には,児童に暗記などをさせると,言語が脳にそのまま記録されると思っている人もいました.ご存知のように,脳には神経細胞(ニューロン:下図)があり,記憶はこれらに符合化されて記録されます.

 少し詳しく言えば,これら神経細胞(ニューロン)は神経細胞集団(セルアセンブリ)を形成して,ある記憶を蓄えています.学習して体験した記憶は,幾つかの神経細胞集団に符合化されて保持されます.ただし,神経細胞の棲み分けが完全になされている訳ではなく,幾つかの神経細胞は別の記憶が保持されている神経細胞と共用である場合があります.符号化された記憶は,保持されていますが,細胞内部の電位が上がり,ある値(閾値)を超えると,別の神経細胞に信号を出してアクティブな状態になります,これを神経細胞の発火と呼びます.

 この図は,神経細胞うしのつなぎ目(シナプス)を〇で表したものです.仮にこの5つのシナプスのつながりで形成された神経細胞集団が,児童が実験をしたときにアクティブになったとしたら,この神経細胞集団に実験時の記憶が符号化されて記憶されています.児童が実験のことをいつまでも記憶するためには,これら5つの神経細胞集団が,いつでもアクティブな状態になれることが大切ですが,4つや3つしかその状態になれなかったら,実験のいくらかの内容(情景)は忘れ去られたという事になります.我々が昔のことを忘れるのは,そのような状態という事です.

 今,小学4年生が実験をして「水は0℃で凍り始めた」ということに気づいたとしましょう.気づかないときは,教師や友達が気づかせてあげればいいですね.そして,『へぇ,水って0℃で凍り始めるんだ』という情動的なつぶやきがあったならば,それを言語にすればいいわけです.だから,以前も書きましたが,自由に気づきを書かせるという事です.それば,その児童の視点ですから,その方がより強く感じることができるのです.他の人がつぶやいた違う気づきは,その後の議論の中で,その児童が判断すればいいと思いますし,どうすれば他人の気づきで感動するかは先生方の授業の工夫点となります.

 このような情動を伴った学習が,神経細胞を発火させ,言わば神経細胞集団としてアクティブな経験をし,その記憶が深く刻まれるというわけです.ですから大切なことは,感動させたり,疑問に思わせたりなど,心を動かす授業がどの教科でも必要になってきます.

 従って,例えばタブレットに映った動画だけを見て学ぶというのは,よっぽどその児童が興味があれば少しは神経細胞の発火につながるでしょうが,そうでない場合は,タブレットを見たという経験しか記憶に残らないと考えられます.理解させるための授業で大切なことは,授業の内容を,情動的な体験というレベルまで引き上げることでしょう.以前お話しした,「授業は演劇である」という理由はここにあります.

 上の図は,記憶想起を行っている様子を,今回の話をもとに作ってみました.

 平常時は,学習したことも内容も頭にありません.つまり,神経細胞集団はアクティブではない状態です.ところが,何か児童にとってそれらの神経細胞集団をアクティブにさせる仕掛けがあれば,次の図で示したようにぼんやりとした映像が記憶想起がされました.そして,さらに意図的に記憶想起をすれば,その映像(その時の友達の発言や先生の話された内容等々)はもっとはっきりとしたものになってきます.しかし,一般的には体験した時のように,神経細胞を全てアクティブな状態にすることは難しいと考えます.ですから,概念化が必要になります.なぜなら,授業の体験のようなエピソード記憶は,意図的にしか記憶想起できませんが,授業の内容を自分なりに記号化して概念にすると,例えば関連性のあるキーワードを聞いただけの手がかり再生によって無意図的に記憶想起できるようになります.これが意味記憶です.

 その仕掛けの一つが,記憶再生マップを使って児童らが行っている記憶想起です.つまり,記憶再生マップを描くということは,意図的に目的の神経細胞をアクティブな状態にすることなのです.そのアクティブさの度合いで,よく想起されたり,あまり想起されなかったりします.記憶再生マップで,中心ノードの周りに第1ノードを配置し,手掛かり再生を行う理由がここにあります.

 手がかり再生をすることは,与えられた言語の意味を頼りに意図的に想起しようとします.意味を頼りにという事は,概念が分かっていることになりますから,想起することによってイメージが浮かぶわけです.このことを繰り返すと,実験した時にアクティブになった神経細胞集団が再びアクティブになり記憶の貯えが強固になります.つまり,よく理解し,記憶が定着するという事につながる訳です.

 これまでの話を簡単にまとめます.

 何かを学ぶときに大切なことは,友達や先生と会話したり,一人で熟考したりして心や手足を動かしながら経験することです.

 とりあえず何かを学習したら,学習した時と同じような姿で神経細胞集団がアクティブになるように,記憶想起をするということにです.(これまでの学校教育では,記憶想起する学習の過程はほとんどありませんでした.)

 そして,どのようなことを仕組めばよいかは,先生方に自由度がありますが,お勧めは「記憶再生マップによる学習のまとめを描かせる」という事です.一度描いておくと,いつでも取り出して使える便利さがあります.

 

 参考資料:別冊日経サイエンス最新科学が解き明かす 脳と心」,日経サイエンス社,2017

               Newton別冊「脳のしくみ 脳研究の最前線とアルツハイマー病」,ニュートンプレス,2018 

 

 今回はこれで終わりです.3600文字超えのブログで,お疲れさまでした.お読みいただきありがとうございました.学校関係の方で,この話で分かりにくい場合は,オンライン等でも追加の説明は可能ですので,ご連絡下さい.researchmapで古川美樹(Furukawa Yoshiki)を検索いただくと分かります.