記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

教師の発話の留意点③

 今回で教師の発話に関する話題は終了です.

 論文からの引用は,「児童が概念形成できない言葉の心象が,その言語と関連したスキーマに含まれる別の言語の追加発話で,呼び起こされることを確認した」というものです.

 論文で挙げた具体例は児童に対して教師が,釣鐘(つりがね)という言語を発話すると児童が釣鐘の形を想起するはずであると考えていたことが始まりです.

f:id:jygnp274:20210520003003p:plain

釣鐘のイメージ

 しかし実際には,教師が「釣鐘の形」と発話したにも関わらず,多くの児童が釣り針の絵を描いたのでした.下の絵は,この授業で実際に児童が描いたものです.

f:id:jygnp274:20210521043159p:plain

児童が描いた釣り針の絵

 この授業は,鐘状火山の形がどのような形かという教師の発話からスタートしており,隣県長崎の雲仙普賢岳の溶岩ドームが,児童に伝えたい鐘状火山のイメージでした.つまり文脈としては,火山の形がどのようなものであるかという事であったにも関わらず,児童は釣り針をイメージするという結果になったのです.

 このような一見いい加減とも思われる児童の想起は,よく見うけられますが,児童はいたって真面目に考えているのです.ですから,「火山の形が釣り針の形じゃぁ,変でしょう?」と問いかけて初めて「それもそうだ」と納得するのです.

 このような誤概念に対しては,ここまで来たら答え一発で鐘状火山のイメージ図を板書すれば解決するのですが,児童の大半が釣鐘を見たエピソード記憶を保持しているという確信がありましたので,もう少し言葉で誤概念を修正してみようと考えたのでした.

 その確信とは,この小学校のすぐそばに龍泉寺というお寺がありまして,スケッチでこのお寺に行ったり,夏祭りでは花火大会があったりというように児童の生活に密着していたからです.しかしながら,児童は釣鐘を見てはいましたが,それが何という名前で呼ばれるかは教えてもらっていなかったのです.これが実際の釣鐘です. 

f:id:jygnp274:20210523012403j:plain

龍泉寺の梵鐘

 

 ここまでの文脈で,児童は「つりがね」なるものを想起しようと努めたのです.しかし,児童は釣鐘という言語を概念化していなかったという状況でした.いかに概念化が重要かが分かります.

 概念化する事のよさは意味記憶として保管されますので,Tulving(1983年)によれば,それ以降の記憶想起は自動的になされるようになり色々と思考するときに便利です.この場合の自動的とは,意識しなくても瞬時に想起できるという事です.

 授業では,釣鐘の概念を持たない児童たちに対して,この後,佐伯胖先生の擬人的認識論で紹介された小人の派遣を行いました.つまり,児童自身の記憶想起に対して,ヒントを出したことになります.その言葉が「お寺の」という言語で,記憶想起の場所を限定し,自分自身の分身をお寺に派遣して,「つりがね」の言語の意味として相応しいエピソード記憶(梵鐘のイメージ)を抽出させたのです.

 つまり,児童を指導する際に,児童が理解できない言語を概念化させたいときは,その言語そのもののイメージやその言語に関わるイメージと同じスキーマ(脳内のデータベース)に含まれる言語を発話して,記憶想起の焦点化を図れば,児童の思考に目的のイメージが呼び起こされるという事になります.論文の事例では,「お寺の」という言語と「釣鐘」という言語は,梵鐘のイメージとともに連関した,つまり概念化したという事になります.

 今回はここまでです.お読みいただきありがとうございました.