記憶の再生について考えるブログ

児童がどのようにして学習内容を理解するかを実践経験をもとに紹介しています.

授業における知識の形成過程 その⑮

 多くの学校では夏休みに入りました.先生方,1学期または,1学期前半のご授業お疲れさまでした.冬休みが長い地域では,もうすぐ夏休みですかね.

 さて今回は,記憶再生マップの初期提示の最終回となります.最後に残っていた提示が,「ふりこの動き-1往復の時間を調べる 3つの実験」という初期提示です.

 これまで丁寧にお読み頂いた先生方は,お気づきになっていると思いますが,児童・生徒の記憶想起を促進するためには,このような初期提示が重要なのです.また,学習者の記憶想起の程度は,学習の目的に応じて指導者がコントロールでできるので,その文言の決定には熟考が不可欠です.

 今回の場合,この授業は理科の授業だからこそ実験のエピソードを児童自身が想起することが重要と考えました.この授業では,ふりこの長さを変える実験,おもりの重さを変える実験,振れ幅を変える実験という3つの実験の記憶が,児童の脳に保管されているはずです.それらを「どのようにすれば,児童が記憶想起するか」が課題でした.

 学習内容から言えば,「ふりこの場合,長さだけが重要で,つまり,長さが変わると1往復する時間が変わるが,その他の条件,おもりの重さや振れ幅では1往復する時間に変化がない」と言うことを理解すれば良さそうです.ですから,テスト対策として結果のみに拘れば,「ふりこの長さが変われば,1往復する時間が変わる」という情報のみを保持し,時間をかけて行った実験の記憶は消失させてもあまり影響は無いように思えます.しかし,本当にこれでよいのでしょうか

 今回の初期提示を,例えば,「ふりこの動き(中心ノード)-1往復の時間(1ノード)」とした場合,かなりの確率で実験の様子などのエピソードは記憶想起されません.しかしその反面,この初期提示にはクイズ的な要素があります.ですから,一部の児童にとっては自分の理解していることを表現する場となり得ます

 

 実際の授業では,児童にもう一度実験の様子を思い出させたいという考えから,「ふりこの動き-1往復の時間を調べる 3つの実験」という初期提示としました.

記憶再生マップを描く場合の知識の形成過程(記憶再生マップを描く場合)

 この図をよく見ると,この児童がここの部分を注意深く描き,どのように思考したのかを推測することができます.まず,ノード内の言語で特に大きな文字で「長さ」,「重さ」,「ふれはば」と書かれています.それと小さく,長さ,重さ,ふれはばという文字が書かれ,該当の言語には〇が,非該当の言語には×が書かれています.この〇と×の意味は,どの実験のノードであるかを児童が自身に対して確認しているところになると思います.

 その後,それぞれのノードごとに丁寧に絵を描いて確認しているようです.例えば,長さのノードの絵は,長さの異なる2つの実験装置を立体的に描き,おもりが吊り下げられている紐に20㎝と60㎝と書いています.重さのノードでは,分度器と色の異なるおもりの絵を描いています.実際に使ったプラスチックのおもりの色は赤色でした.振れ幅のノードでは,絵は正確ではありませんが,20°と45°という実験の条件も書いています.45°は角度として大きいとは思いましたが,児童全員の総意ということで認めていました.

 このようにしてそれぞれのノードの書き込みが終了した後,ふりこの1往復時間を左右する条件として,大きく「長さ」と書き赤ペンで花丸と四角囲みをしています.また,花丸から赤ペンで別の初期提示のノード「長さ(ふりこの長さ)を変えると変わる」に矢印線を引き,正しい概念の強化を図っているものと考えられます().次に,重さの実験のノードには,「重さ」と大きく書いて赤ペンで×を,振れ幅の実験のノードには,「ふれはば」と大きく書き,その横に赤の×を書きました.

 記憶再生マップの今回の部分を考察すると,この児童は大変丁寧に実験のエピソード記憶を想起したことが分かります.また,このような学習行動が,今後の記憶保持に良い影響を与えるものと考えられます.また,一度でも記憶再生マップを描いて保管しておくと,いつでも簡単に記憶想起ができますので,学習内容の定着にも良い影響を与えることができます.

 今回は,「ふりこの動き-部分の名前」から派生した記憶再生マップのノードについて見ていきました.このような分析は文章に起こすと,これだけの分量になりますが,実際の作業では教師が思考すれば良いだけの事ですから,数秒で終わってしまいます.つまり,記憶再生マップを描かせると,教師は学習者がどのような思考をしたかを,ある程度正確に把握することができるということになります.将来的には,マップをスキャンすることでAIが文章化してくれるシステムができれば,授業の分析も短時間でできるようになり,学習評価や教師の仕事量の低減するかも知れません.

 ただ,以前の教育実践で,児童がどのような順番で記述したかの番号を記憶再生マップに逐次描かせたこともありますが,思考過程に余計なバイアスが働き良くはありません.やはり,児童・生徒が自由に描ける環境が重要だと認識しました.