記憶の再生について考えるブログ

放送大で学位取得した古川美樹が考えたことを脈絡もなく書き綴ったものです.

放送大学博士後期課程と学位取得15

予備論文審査その2

 2017年6月10日,予備論文を執筆することができるかはこの報告会で決定される.この会に出席したのは,主研究指導教員の先生,副研究指導教員の先生(2名),人間科学プログラムの先生方,ゼミ指導を受けた別プログラムの先生,博士後期課程第3期生など10名弱であった.色々と考えて資料を作ったが,この時点で資料からすぐに予備論文を作成する自信は全く無かった.従って,先生方から厳しい指摘も多数あり,もう一度自分の執筆計画を見直すよい機会となった.そうは言っても,決定的なダメージはなく,ほどなくして予備論文執筆の許可が与えられた.

許可が与えられたと言っても帰郷して20日程で説明の全てを論文の形に仕上げなければならず,小学校勤務という日常業務の合間に予備論文を仕上げるのはかなり難しそうに思えた.学校の勤務が16:35で終了すると言っても,すぐに帰宅することはない.当時の公務分掌は,6年算数科のTTと高学年の理科であったと記憶している.いずれにしても,次の日の授業の準備や生徒指導の問題など,現場教員なりの忙しさはあった.したがって,予備論文の執筆は深夜になっていた.毎日の睡眠時間も4時間程度であった.

しかし,やればできるもので7月を待たずに約62000字,A4版で84ページの予備論文は仕上がった.この論文をもとに,8月には予備論文審査が非公開で行われた.その結果は主研究指導の先生から聞かされた.合格である.すなわち,博士論文を執筆する許可が与えられた.8月上旬のことである.博士論文の提出期限は12月初旬であることから,この時点で残された時間は,4か月弱となった.

8月16日に上京し,主研究指導の先生と予備論文について議論した.そのとき,主研究指導の先生が,同じプログラムの一期生である村田直樹さんの論文の文字数について,10万字にものぼる論文を執筆されたことを話された.自分の予備論文が約62000字であっただけに,文字数の不足感を感じずにはいられなかった.

8月のこの時期は,一期生4名はすでに口頭試問も終わり,最終の修正作業をしている時期であった.先生の話の中で気になる話題があった.それは,口頭試問時に大幅な論文の修正を要求された一期生がいたということである.

僕はその後,9月からは月一で上京し先生と議論を続けながら,博士論文の特に序章のボリュームを増やすことになる.ちょうどその日は,第一期生4名が博士の学位記の授与を受けた日でもあった.